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伊那を旅して 1


旅の醍醐味は、「その一日が、かけがえのないものになる」ということではないだろうか。

普段は、何もしなくても一日が終わる。
朝起きて曇っていた空が、昼過ぎて知らない間に透き通るような青空になっていることを、家の中にいては気づくことができない。

天気の移り変わり、木々の色合いを文字通り肌で感じながら、今日という日をしみじみと味わうことができるのが、旅なんだろう。

そう思うようになった。

***

11/9〜11の週末に、旅に出ていた。本当は富山に行くつもりだったけど、色々な理由から行くのを断念した。

そもそも、1週間前の11/2〜4に行くつもりだったのに「台風が来る」という言葉を信じて、一週遅らせた。結局3〜4日は快晴で、空を見上げては「行けばよかったんじゃないか」と残念に思った。

行けなかったことの一つに、「宿が取れない」という理由があった。空いていないのだ。ビックリするくらい、どこも。ビジネスホテルはもちろん、民宿、ユースホステルまで。富山、石川、高山…魚津にようやく一つ見つけたけれど。

でも、やめた。長野にした。「知っている宿にしよう」と思った。いつも行く宿を1人で取った。家族とは日にちが合わなかった。「子どもが大きくなるということは、そういうことなんだな」と思った。

***

いつも行く宿は、もう20回以上行っている。いつも行くお気に入りの場所も決まっていて、そこを順に辿る。でも、いつもの旅行では行けないところがあった。そう。気になっている道。

noteを読んで気になっていた道。通ってみたい道を自分で走るには、足が必要だった。
自由に行きたいところへ行ける足。車かバイクかで少し悩んだけど、唯一時間の合う息子が行かないと言った瞬間、バイクで行くことに決めた。

バイクで行くことには、いつも葛藤がある。素直に行きたいと思えない時、不安が募る。
今回行ったことで、後悔するようなことは起こらないか?
何かあっても「行ってよかった」と思えるか?
不安は日に日に増していくけれど、その不安と向き合うのも生きるということなのだと思う。

今回は特に日程をずらし、行き先も変えた。
そのせいで、何が起きるのか?
やめておけばよかったと思わないか?
ずっと心に引っかかっていたけれど、行ってみてわかったのは、導かれて行ったような旅だったということ。

「行ってよかった」 心からそう思った。

***

朝、東名のSAで休憩する。ベンチに座ってパンを食べたら、手が凍えて痛かった。この1週間でぐっと冷えた。先週はあんなに暖かかったのに。

東名 海老名SAから

高速の山間部は右ルートが閉鎖されていて、車がだいぶ混んでいた。トンネルを過ぎると紅葉が広がっているはずが、まだ山は色づいていなかった。

東名 足柄PAから

御殿場で降りた。R138を北上する。
「今年は紅葉が遅いな。富士山も白くない」

今日もよく見える富士山を左に見ながら、富士五湖道路を走る。ここからこんなによく富士山が見えるなんて知らなかった。ススキが黄金色に光る先に、富士山が霞をまとって静かにいる。

高速道路だから、心置きなく脇見運転をしてしまった。前にも後ろにも車がいなかったから。
突然、鹿が出てこないか心配になったけど。それは、さっき聞いた話のせいだ。きっと。

高速のパーキングで休んでいたら、隣に停めた人から声をかけられた。その人がCB400SFのマフラーの傷を指差しながら話し出す。

「鹿と追突したんだよ。北海道でね」
「1人で?その後どうされたんですか?」
「転んだ時は、車の人や対向車線のバイクのお兄さんがバイクを起こしてくれてね。300km走ってフェリーに乗って、大洗から200km走って帰ってきたんだ。病院に行ったら速入院、手術だったけどね。気胸って知ってる?あばらが肺に刺さったみたいでね。危なかったって。あと鎖骨を折ってたよ。これは手術できなくて、今も曲がってくっついてるかな。鹿はこれから増えるから、北海道は気をつけた方がいいよ」

なぜ、年齢の話になったんだろう。最後に聞いた言葉が忘れられない。

「俺、いくつかわかる?80なんだ。じゃあな」

笑顔で手を振って走り去るその人は、とても80歳には見えなかった。怪我をしたのは7月と言っていた。今、まだ11月だ。4ヶ月しか経っていないのに。

「あと何回乗れるかな」と思っていた自分は、頭を殴られたようだった。男性だから?力があるから?いや、そういう問題だろうか。

そんなことが、鹿とともに頭をよぎる。自賠責保険が切れる4年後にバイクを降りようと思っているわたしに、カウンターパンチを浴びせた彼。
「終わりを決めて走る必要はない」と神様はわたしに伝えたかったのか。

***

通り過ぎてしまうと、富士山はバックミラーでしか見えない。河口湖大橋の上からバックミラー越しに富士山を見ようと頑張る。結局、振り向いたんだったか。雲に隠れてはいない。まだ見えててよかった。それもあって、河口湖湖畔に向かう。

北側の湖畔は大渋滞。どうした?車の後ろについてたらたらと走っていると、屋台が両側に並び出す。お祭りをやっているみたいだ。
通り過ぎて、いつも止まる路肩に停めようとしたらなんと、有料駐車場に変わってる!
慌てて、すぐ隣のホテルにとりあえず入った。

そこはちゃんとしたホテルで、入り口に着物を着た人が来客を待っている。仕方ないので死角にバイクを停め、柱の影からスッとホテルに入る。お手洗いに入り、どうしようかと考え、寒かったのでカフェを探す。

カフェは時間外で空いていなかったが、中庭に人がいて、聞くと見に行っていいと言う。「これで富士山が撮れるな」と嬉しくなりながら庭に出た。

ホテルの中庭から

富士山がよく見えて、大満足だった。


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