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【柚木麻子】「BUTTER」読書ノート


「人生を味わう」

これはまた、面白い表現だ。

だが、意外と的を射ているのかもしれない。

人間の三大欲求の一つである「食欲」

人間が食事を取らずに生きていくことは難しい。

どうせ食べ物を摂取するのならば、味わって食べたいものだ。

人生も、また同じである。

人生を味わうために不可欠なことを、私は「BUTTTER」から教わった。

この物語は、二〇〇九年に発覚した首都圏連続不審死事件をヒントに作られたフィクションだ。

柚木麻子さんは木嶋佳苗容疑者の中に、どのような物語を見たのだろうか?


あらすじ

各紙誌で大絶賛の渾身作がついに文庫化!!若くも美しくもない女が、男たちの金と命を奪った――。
殺人×グルメが濃厚に融合した、柚木麻子の新境地にして集大成。

男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)。若くも美しくもない彼女がなぜ──。週刊誌記者の町田里佳は親友の伶子の助言をもとに梶井の面会を取り付ける。フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井は、里佳に〈あること〉を命じる。その日以来、欲望に忠実な梶井の言動に触れるたび、里佳の内面も外見も変貌し、伶子や恋人の誠らの運命をも変えてゆく。各紙誌絶賛の社会派長編。

本作着想の根底には、世に知られた事件があったのは確かだ。しかし物語が進むにつれて、事件からも犯罪者からも遠ざかる。独立したオリジナリティーに富んだ物語が展開される。進路を定めた羅針盤こそ、「女性同士の友情と信頼」である。
山本一力(本書解説より)

感想

「BUTTER」の中で最も私の胸を打った人物は、主人公里桂の友人・伶子だ。

「なんだか、こんなんじゃ、亮ちゃんと暮らしているのと何も変わんない」全然違う人のはずなのに。誰と一緒に暮らしても結局私は同じなのではないか。やることは一緒。私はたった一人で家事にのめり込み、汚れがあればやっきになって磨き立て、相手の体調に合わせて時間をかけて食事を作る。美味しい?としつこく尋ねる。性的な気配ややり取りはなんら発生しない。そして、我慢できないほどの怒りが身体の内側に巣食っている。私は本当に亮ちゃんを愛しているといえるのだろうか。
p374

伶子のような女性は、かなりの比率で存在するのではないだろうか。

伶子は裕福で仲の良い両親のもとで育った、と思っていたが、実は母の味すら知らない少女時代だった。

中学一年の頃、両親にそれぞれ公認の愛人が何人もいることを知ってしまう。

伶子は中学二年の夏に両親を前に証拠を突き付け、二人の不貞を責め立てた。

「しょうがないんだよ、その……。家族とはセックスできないんだから」
p345

そのとき父親に言われた言葉に激しい怒りを覚えた伶子は、ある決意をする。

私は両親の生き方に全身でNOと言い続ける。故郷を離れ、自分の力だけで生きて行く。
―中略―
東京に行き、友達も恋人も一から自分で手に入れる。そして、私は夫以外と、決してセックスしない。私のセックスは純粋に子供を作るためにするものだ。結婚までは処女でいようと決めた。私が初潮を迎えたのはその頃だ。
p346

そこまでの決意を中学生にさせるなんて……。

十四歳の伶子の心の傷の重みを考えると、私は暗雲たる気持ちにならざるを得なかった。

結局、伶子はその誓いを守ることはできなかった。

だが、できる限り将来を考えられる男性以外と関係を持つことは避け続けた。

私自身は伶子ほど徹底していたわけではない。

だが、初めて恋人ができた10代の頃から、現在に至るまで「この人と結婚することはないな」と悟った途端に別れを切り出してしまう。

今現在ならまだしも、高校生の頃からそうだったのだから、私は少し変わっていたように思う。

その点において、伶子と私は似通った部分があるのかもしれない。

もう一点、私と伶子の共通点をあげるならば「女としては、声が低い方」という部分だ。

アニメーションが流行る現代において、「可愛らしい女性の象徴」の一つとして、少し高音の声質が上がる。

私自身は幼いころより、自分の若干低めの声質に対してコンプレックスを感じ続けてきた。

突出して低い、というわけではない。

だが周囲の同性を見渡したとき、割合に低い自分のそれは、何かと私の「女らしさ」に関する劣等感を冗長してきた。

その似通った感性に私の中の何かが共鳴して、伶子の言動や行動にある意味、主人公の里桂以上に注目してしまった。

「ねえ、どうして、誰かが現れて求めてくれないと、恋はできないって思うの?」
―中略―
「どうして、異性から選ばれないと、関係が始まらないって思うの?どうして選ばれることを、何もしないで、ただ死んでるみたいに、待ってなきゃいけないの?」
p441
「里桂、自分を信じなよ。里桂みたいな人に心から好かれたら、その人は幸せだし恋愛に発展するとか関係なく素直に嬉しいと思うよ。第一、里香が好意を持つような人は、あなたを邪険にしたり利用したりはしないと思う。私が保証する」
p442

相手に悪く思われないために、自分の本音を殺すこと。

それは一時ならばできるのかもしれないが、夫婦とはこれから50年以上の人生を共にする、いわば相棒のことだ。

50年以上も「良い人」を演じ続けるのは至難の業である。

少なくとも、私にはできない。

相手に全て合わせる必要はない代わりに、自分好みに相手を変えようともしない。

相手の良い所も悪い所も受け入れる努力をしたいと願うと同時に、自分自身の長所も短所も相手に認めてほしい。

相手の感性や感受性に、自分がどこか打たれる部分があるからこそ、人は他人を愛するのだろう。

自分が惹かれた、その部分を大切に慈しみたい。

相手のそれだけは変えようとしてはならない。

だからといって、自分のそれを殺す必要もない。

もしそうすることによって不快感や嫌悪感を抱いて辛くなるのであれば、それはもう離れた方が互いのためだ、と私は考えてしまう。

憎しみをそのままにしておくと、大切な人の喜びでさえ嫉むようになってしまうからだ。

そんな哀しい人間に、私はなりたくはないのだ。

人間はどうしたって、思い込みの強い生き物だ。

自分が「こういうものだ」、と捉えていたことが実は大きな勘違いだった、なんてことはよくある話である。

長い時間をかけて、互いのギャップを埋める作業をし続けていくということ。

それこそが、「結婚生活」というものなのかもしれない。


BUTTERはこんな人におすすめ!


適量を知りたい人

人にはそれぞれ適量があります。

「人間関係の適量」「仕事量の適量」「食事量の適量」「モノの量の適量」など。

その適量が自分にとって心地いいものであるとき、人は幸福を感じるのです。

しかし今はストレス社会。

ついつい自分の適量を見失ってしまうことも。

そんなあなたに「BUTTER」がおすすめ!

忘れてしまった自分の適量を思い出させてくれることは間違いないでしょう。

男性社会の中で活躍されている女性


男性社会が色濃かった一昔前に比べ、女性の社会進出が加速してきた現代。

目まぐるしく変化する日々の中、お仕事を頑張っている女性の皆さん。

上司の女性軽視の一言にイライラしてしまう日もありますよね。

そんな夜には「BUTTER」をどうぞ!

自分らしく生きてゆくための鍵が隠されているかもしれません。

恋人との関係や夫婦関係に悩んでいる人

以前はうまくいっていたのに最近パートナーとすれ違ってばかり。

向き合おうとしているけれど関係は悪化していくばかり……。

途方に暮れているあなたは「BUTTER」を読んでみませんか?

見失っていた愛を取り戻せるかもしれません。

おわりに


何キロ痩せても、たぶん合格点は出ないのだろう、と里桂は、とうに気付いている。どんなに美しくなっても、仕事で地位を手に入れても、仮にこれから結婚をし子供を産み育てても、この社会は女性にそうたやすく、合格点を与えたりはしない。こうしている今も基準は上がり続け、評価はどんどん尖鋭化する。この不毛なジャッジメントから自由になるためには、どんなに怖くて不安でも、誰かから笑われるのではないかと何度も後ろを振り返ってしまっても、自分で自分を認めるしかないのだ
p539

「自分で自分を認めること」

それはすなわち「自分で自分を幸せにする」ということだ。

精神的に自立して生きてゆくことは、互いを尊重して支え合いながら暮らしを営むことに繋がっていく。

そのために必要なことは「今この瞬間のありのままの自分」を誰よりも私分自身が愛することだ。

だからこそ私は、その自分を今現在できる範囲で少しだけ幸せにしてあげたい。

自分が食べたいと感じるものを作ること。

それを、ゆっくりと味わって食べること。

夜空の月や星を心ゆくまで眺めること。

好きな小説の世界観にじっくりと浸ること。

何も特別なことをする必要はない。

自分が心地良いと思うことを、日々の暮らしの中で適量加えてあげるといい。

柔らかくあたたかい思いやりは降り積もり、想うあの人の心に愛をお裾分けしてゆくのだろう。

「BUTTER」


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