おばあさんと犬
毎朝、5時半になると犬に起こされる。
睡眠時間は7時間確保したいから、毎日10時半に寝なければならない。と、思ってるけど大抵ムリ。
寝不足の日々がつづく。
「まだ寝たい」
そう思うけど、ある一つのことが気がかりで、毎日ちゃんと起きてしまう。
この話は、わたしの飼っている犬と近所のおばあさんの、わりと大切な話です。
早朝の冷えが身に染みるようになった、10月中頃のこと。
朝焼けをおがみながら、民家の明かりや、朝の支度の音を少し耳にし、トボトボといつもの道を進む。
田舎なので、まだこの時間は車も通らない。自分と犬だけの空間。けっこう、気に入っている。
散歩の終盤には、少し長く緩やかな坂道がある。その日はなぜか犬が急いで駆け登ったので、息を切らしながら後を追いかけた。
すると、何やら奇妙な音が近付いてくる。
「キュルキュル… キュルキュルキュル」
薄暗い中でこの音だけが響く。
そして一層、近付いてくる。
めっちゃ怖い。ヤバいやつかも、、
飼い主の恐怖に気づかず、犬はズンズン音のする方向に進んでいく。とうとう坂の頂上に到着してしまった。
すぐ近くで聞こえる音の方角に、おそるおそる目をやった。
薄暗い中で見えたものに、一瞬だが、恐怖で思考が一時停止した。
乳母車にもたれかかったお婆さんが、こっちをじっと見ている。
帽子と軍手とマスクとマフラーと、服を何重も着込んでモコモコしている。
ただの、寒さ対策で完全防備した早朝散歩中のお婆さんだった。
犬が急におばあさんに近付いて行った。
そばに寄ってクンクン匂いをかいで、おばあさんの顔を見上げた。
「おはよう。かわいい顔して。
あいさつしてくれるの?うれしい。うれしい。」
そう言いながら犬の頭を何度も優しく撫でてくれた。
その後、12月に入ってもほとんど毎朝おばあさんとの挨拶をかかさなかった。
犬が近寄ると嬉しそうに声をかけてくれて、「毎朝あいさつできると幸せな気持ちになって、一日いい日になる」と犬にお礼を欠かさず伝えてくれる。
わたしは、そのお婆さんとのあいさつに毎朝満足していた。わずかでも人に幸せに出来ることが誇らしく思えた。自分ではなく、犬だけど。
同時に、軍手では寒くないか、心配になった。
そして、ある日を境に出会うことがなくなった。
寒さが厳しくなり、わたしは真冬の早朝散歩はできなくなってしまった。
ようやく3月にはいり、また5時半からの散歩が始まったのだけれど、おばあさんとは会えていない。
次会うとき、覚えて話しかけてくれてるだろうか。
同じように、幸せな時間がつくれるだろうか。
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