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ソクラテスとPimping

 以前、心理的安全を話題にあげました。単に、学習者にとって心地よい場であることが目的ではなく、成長できるような良い緊張感を保った、指導者側との関係性が重要だということを書かせてもらいました。

 教育については、いつも勉強させてもらっているブログがあり、以下のコンテンツで心理的安全のことが言及されていました。

 指導医が学習者に対して「質問を行う」ときに、心理的安全への配慮が重要だということです。この部分で引用されていた論文を読んでみたところ、なかなか面白い内容でした。

臨床教育において、ソクラテスは本当に「ソクラテス法」を用いていたか?

 という題名の論文です(J Gen Intern Med 2016; 31(9):1092–6)。ちなみにソクラテス法(ソクラテス問答法、ともいう)とは、以下のようなものです。

質問を繰り返すことで定義の究明をするのに使用する技法。ソクラテスの対話相手が、例えば「勇気とは魂の忍耐のことである」を主張するのに対し、この命題のことをソクラテスは間違っていることを前提に、「勇気は素晴らしいものである」とか「無知に基づく忍耐は素晴らしいものではない」とか、少し異なった角度からの命題を相手にぶつけて同意を取りつける。次に、これらの追加の前提は最初の命題と反対のことを含意するということ、つまりそれらの追加前提から「勇気とは魂の忍耐のことではない」が導かれるということを示す。対話相手がそれに同意することで、最初の命題が間違っていることをソクラテスは主張する。という対話のプロセスを経て、物事の理解を深める方法のこと。

 臨床現場においては、若手の研修医や医学生が、指導医・上級医から質問を投げかけられることで学びを深める教育技法が用いられています。これが、ソクラテス法のように、理解を深めるものであればいいのですが、実際には若手研修医や医学生からすると、それは「Pimping」という避けたいものとして捉えられているよ、とのことです。Pimpingは正確な日本語訳を私もうまくあてられないのですが、揚げ足取り、という訳がわかりやすいかもしれません。つまり、答えられないであろう質問をぶつけられ、そこに学びはなく、指導者側の権威を示すだけでしかないような状態を指します。

 この「心理的安全」の有無によって、ソクラテス法とPimpingに違いが生まれるとされ、学習者が自分の尊厳や価値を脅かされることなく、問われた質問が深い理解を促し知識の拡大につながることが重要です。ただ、指導者からの質問が「ソクラテス法」になるか「Pimping」になるかは紙一重だと指摘されています。

Pimpingとは

 Pimpingという言葉は、「研修医に非常に難しい質問を投げかける慣習」として1989年にJAMAで解説されたのが最初とされています(以下のBrancatiの文献によると、本当にPimpingのことを最初に言及したのは、1628年ロンドンの医師で血液循環説を唱えたWilliam Harveyらしいです)。『The Art of Pimping』という題名で、Brancatiという方がこれから研修医や医学生の指導にあたるであろう新人指導医となる若手に向けて書いた内容になっています(JAMA. 1989 Jul 7;262(1):89-90.)。

 Brancatiは、潜在的に若手医師や医学生がPimpingされていることに警鐘を鳴らし、Pimpingになるような質問の特徴や、Pimpingからいかに身を守るかなどをまとめています。このPimpingから身を守る方法として、「回避(質問に質問で答える、など)」と「はったり Bluff(「えらい人がこう言っていました」と嘘を言ってその場をしのぐ、など)」を挙げており、冗談なのか本気なのか…という内容が書かれています。

 その後、2009年にAllan S. Detskyという方が、Brancatiの論文から20年たったところでのPimpingの様相について、同じく『The Art of Pimping』という題名で解説しています(JAMA. 2009 Apr 1;301(13):1379-81.)。専門性の発達や教育体制の改善によって、PimpingはなくなっていくだろうとBrancatiが推測していましたが、①臨床教育の基本的なやり方が変わっていない、②指導医と研修医の間には変わらず上下関係が強い、③医学の知識はこの20年間で爆発的に増えてしまった、という理由でいまだ残ってしまっていると指摘しました。この論文でも、Pimper(研修医や医学生といったPimpingされる側)がPimpingを避ける方法として、
・「日食」…他の人の頭を自分と指導医の間の直線上にあるようにする
・「カモフラージュ」…非常に静かに座り指導医が気づかないようにする
・「わかりません」と大声で言い続ける
・ポケベルを常に確認して患者ケアに夢中になっているフリをする
・指導医よりも優位な知識領域を見つけて、逆に質問をし返す(ただし、往々にしてpimperはpimpingされることを好まないので注意すべし)。
などが提示されています(個人的には、こちらも冗談なのか本気なのかよく分かりかねます)。逆に、Pimper(指導医)側が気をつけるべきことも明確にされており、こちらは参考になります。

 教育における秩序を遵守する。研修医に質問をして間違ってしまったら、その後に学生に質問してはならない。答えられない可能性がある質問は、必ず一番下の学年から当てて段階的に上の学年の学習者へ質問していく。上の学年の者のプライドを傷つけないようにすることに注意する。
 他の指導医を困らせない。同じ場にいる指導医が、間違いなく質問の答えを知っていると確信していなければ、他の指導医に発言を求めてはならない(その指導医に恥を欠かせることになる)。逆に、他の指導医の方が自分よりも詳しいトピックについて話題になった場合は、何か間違ったことを言って恥ずかしくないように(そして指摘してもらえるように)配慮してもらうようお願いしておく。
 謝罪はみんなの前で。何か間違ったことを言ったり、学習者を困らせたりしたら、次の機会でいいのでみんなが揃っているときに謝罪する。学習者に謝ることができる教育者の方がうまくいく。
 公の場であれ個人的な場であれ、褒める機会を見つける。たとえば、上手にプレゼンテーションできた学生に拍手を送るのも一つ。指導医からの賞賛は、学生や研修医にとって非常に力強いものである。

教育学的な視点からは?

 効果的な質問という話題から、ソクラテス→Pimpingと飛躍して、色々と学ぶことができました。Pimpingについて、臨床現場のリアルなところを(おそらく冗談まじりに)記述しており、すでに指導医側となった自分も気をつけないといけないなと思いました。

 このPimping、教育学的な視点から、さらに深められた文献もあります。またの機会に、それもご紹介できればと思います。

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