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初めて見た時初めて見たと思えたそれだけで 当たり前だけどなんか嬉しかった



子どもの頃から首都高が好きだった。
どこに行くにも車だったし、父の実家に行く時に必ず見る景色だった。

あの川も緑もビルも私にとってどこかへ連れて行ってくれる景色だった

夜の首都高はキラキラ光って窓に映る私もキラキラしている。だって大好きな彼らに会えたから。


私は高校になって初めて一人で電車に乗ったし、電車の乗り換えすらしたことがなかった。
友達に聞いた"ピンクのバス"土地勘もないのにネットで調べて席を取った。

高校の時、動物関係の仕事に就きたかったけれど先生に「この辺にはあんまりいい学校ないからやめておきな」とその一言で簡単に私の夢は壊された。そのおかげで幼い頃の夢を叶えて私は幼稚園の先生になった。


親子経営の小さな幼稚園で早朝3:00に職場へ行って全ての部屋を掃除させられ、子どもの前で怒鳴られて私だけおたよりを穴が開く程書き直させられた。気がついたら食事ができなくなっていた。吐き気に頭痛、あの時の私は必死だった。


そんな時にたまたま手に取った"踊り場から愛を込めて"初めて聴いた時は「癖が強いな」と思った。だけど次の日も次の日も聴きたくてたまらなくなった。もう取り憑かれたように聴いた。その時の私にとって音楽だけが支えだった。

仕事はその後も続けたけれど周りに止められて辞めた。辞めてから自分がおかしくなっていたことに気がついた。


辞めたお金でその年のフェスにほとんど行った。初めて観たクリープハイプ。
"雷に打たれる"なんてよくいうけど私にとってのそれはあの時だったと思う。


"どうしてもワンマンに行きたい"
Twitterで必死にチケットを探した。
ようやく見つけたものは「フォロワーさんにしか譲りません」と書かれたものだった。
ダメ元で何度もお願いして譲ってもらえることになった時は泣き出してしまいそうだった。

荷造りをしていると一通の手紙が届いた。
"死ぬまで一生愛されてると思ってたよ"の購入特典で申し込んだチケットが当たって、行こうとしていたライブの招待状が届いていた。
心配性な母に嘘をついていたから今にも溢れ出しそうな涙を堪えて部屋で泣いた。


必死にスマホで調べて会場に向かうと早く着き過ぎてしまって、たまたま見えた東京タワーに向かって歩いてみた。
"今日彼らのワンマンが観られるんだ"と夢のような気持ちでいっぱいだった。

信号が変わり、たまたま横にハイエースが止まった。そのハイエースには彼らが乗っていた。
大好きすぎるあまり私は手を振れなかった。
必死に頭を下げると小さく笑って手を振ってくれた。あの時もう始まっていたんだと思う。


今でも思い出す真っ赤な絨毯に螺旋階段、彼らにぴったりな会場。あの日のMC。スーツ姿。
あの日出会った人たちは私にとって特別な人たちになった。

それから"おやすみ泣き声、さよなら歌姫"を聴く度にあの景色をあの夢のような2日間を思い出す。


#だからそれはクリープハイプ
#クリープハイプ
#だからそれは真実


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