山登り人生vol11初坊がつる幕営
No13九重山行
21歳、山岳会に入会し2ケ月半、2度目の九重山行だった。
初めてのテント担いでの幕営登山。
妹との登山。
記録を見直すと行くまでが大変。
高速道路が開通していなく、一般道での九重行きは大変だった。
妹と福広君は、高校山岳部の部員だった。
白口岳から鉾立峠に下ったのか、どう下ったか、はっきりしない。
30日の記録は、最後まで記していない。
山日記より
No13九重山行
昭和45年3月28~30日
S、福広、妹、私
28日 佐世保20:00⇒佐賀(途中天気図作成)21:35⇒久留米⇒日田23:38⇒
29日 杖立0:30⇒宮地1:50⇒城山2:05⇒瀬の本2:23⇒牧の戸峠2:35⇒2:40長者原6:00⇒牧の戸(一人長者原に車取りに引返す)→長者原8:00⇒牧の戸峠8:45→沓掛山10:00→10:40久住別れ11:50(昼食)→12:20久住山12:45→稲星山13:30→白口岳14:05→15:55坊がつる(幕営)
30日 起床6:00 霙のち雪
出発9:25→雨が池越10:20→11:00長者原11:50(バス)⇒12:00牧の戸峠12:30⇒日田14:20⇒久留米15:50⇒佐賀16:40⇒19:30佐世保
日田市から南下。杖立で夜食を摂る。
杖立を過ぎいつまで経っても立派な車道が続く。悪路になるはずだがと心配していると、「阿蘇町」の案内が出てきた。
宮原で道を間違え大観峰へ向かったのだ。
牧の戸では、Sと妹は良く寝ている。
長者原、3人は車中で私は外でポンチョを張り仮眠するが、足元が冷える。
朝、牧の戸行のバスに乗ると、暫くしてバスは急に右折する。
終点、牧の戸と車掌が言う。
間違えて乗ったのだ。
峠までヒッチハイクと思ったが車は来なく、私1人長者原に車を取りに戻る。
結局、牧の戸峠に車を置き出発する。
妹は具合が悪くなり2人分の荷を担ぐ。
沓掛の展望台まででバテる。
沓掛山を過ぎると楽な山道となるが、雪解けで道はぬかるみ歩き辛い。
疲れから星生山はパスする。
久住別れで昼食を摂って久住山頂を目指す。
やはり山頂は人が多い。
稲星山まで来ると登山者は減る。
残雪の中を歩く。腰付近まで埋まる時がある。
白口岳からの下りは、踏み分け道が沢山ありルートが分からず尾根伝いに下る。
川を渡ってからのブッシュに苦労する。川の水は綺麗である。
坊がつるに幕営。
18:00食事完了。ラジュース1台で手間がかかる。
30日 3時頃から雨で4時起床を6時に変更し、大船山は中止にした。
9:25出発、途中、霙から雪になる。雨が池越では雨も上がり、雨具を脱ぐ。
(ここで日記は終わっている。長者原に下りバスで牧ノ戸峠に戻っている。)
当時の写真はありません。
昨日は立中山から坊がつるを見下ろして来ました。
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