ホームグラウンド黒髪山。渓谷、奇岩、照葉樹林、希少植物、歴史がいっぱいの山系です。
現在までの52年間で276回入山しています。年平均5.3回、良く通ったものだ。一番通ったのは20代、昭和52年の一年間には19回も入山していました。特に6~10月は所属山岳会会員あげて竜門峡に通っていました。その拠点「竜門山の家」には名物?管理員川久保さんが居て山登りの後に飲むビールは最高で、たまには鯉料理も出て来ました。
竜門に通った記録は「黒髪山系案内」に取りまとめました。黒髪山系は佐賀県内ですが昭和52年11月の長崎県民体育大会山岳競技はこの地で開催して広く竜門峡を周知しました。
河鹿沢、もみじ沢、名無沢、ソーメン沢、銀竜沢、タヌキ沢と名付け、衝立岩、作兵衛岩を登り屏風尾根西稜は良いゲレンデになりました。今は危険です。沢や尾根には立ち入らないで下さい。時折、盗掘という不届き者が居て遭難騒ぎになっています。一度は死亡事故も発生し、それ以来、沢とは縁遠くなりました。
竜門周辺の岩場(作兵衛岩・衝立岩)にも登りましたが、ゲレンデには不向きで1~2回の登攀で終わっています。セッコクを採って来てとか無理難題な依頼されることも。当然できません。作兵衛岩には先人が打った手作りハーケン(多分、佐賀RCCか?)も多数ありました。
これまでで一番多いのは英山。52回入り岩登りを楽しみました。岩登り初心者講習のゲレンデです。今も年2回程講習会を開いています。
黒髪山といったら天童岩がイコールとなっていますが、入会当時は岩登りの場でもありました。正面ルートや裏ハングルートなどを登りましたが、今はご神体として岩登りは禁止になっています。
雄岩も6回登りゲレンデでした。今も登ろうと時々思案しますが取付きがはっきりしません。
牧の山西側には軍馬放牧地?と言われる場所がありますが、「瀬戸の岩場」と名付けて5回通いました。すっきりした岩場ではなく、ゲレンデにはなりませんでした。昔話を終わります。
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