山登り人生vol21初めての阿蘇氷瀑登山
21歳の終わり、青春真っただ中。
No39初めての本格的な氷瀑登山(阿蘇高岳)
昭和46年2月11∼14日 6名
10日 佐世保駅20:35出発
17時仕事を終え、食料を買い出しして佐世保駅に向かう。
会員数名の見送りを受け、マイカー2台で出発する。
重量オーバーだろう車がふらつく。注意をして行こう。
11日 訓練、ジャンダルムへ
杖立0:00⇒1:10仙酔峡 テント設営し就寝、8:00起床。
BC11:25→関門12:00→第1キレット13:25→ジャンダルム14:10→
関門15:00→15:25BC 夜半より雪
12日 赤谷、赤ガレ谷へ
起床5:00。
BC7:40→関門8:20→赤谷(トラバース)→赤ガレ谷→F5懸垂下降→大滝上部
→ガリー3(ノルマルBルート)→ガリー2→関門12:00→12:25BC
22:30頃、M先生とD先輩が入山。24時就寝。
13日 松ガ尾谷へ
起床5:00
BC6:40→鷲見平(体操)→虎ケ峰北西枝尾根7:40→関門ガリー下9:00
→松ガ尾谷→14:30第1キレット15:35(トカゲ)→関門16:15→16:45BC
14日 テント撤収10:35
白雲山荘にて昼食。帰路12:00→16:40佐世保
行動記録 11日ジャンダルムへ
1時10分、仙酔峡に着きテント場を見るが積雪があり、夜が明けて設営すると決め、身回りの荷物を持って小屋で寝る。数名の登山者が宿泊していた。
朝、テント場で20~30cmの積雪。除雪してテントを張る。
皆、身体が重い。
11時15分出発。火山土で歩きにくい道を関門へ。
文字通り両側の岩稜が迫り門となっている。
ここからは岩と雪と氷の世界となっている。
アイゼンを付けてガリー2を登る。
変則チムニーに緊張しながらも登って行く。
最後のガリーを登って第1キレットへ。
虎が峰とジャンダルムのコルである。
目前は松ガ尾谷へと落ちている。
ここから岩は脆く落石が頻繁に起きる。20分でジャンダルム到着。
鷲ヶ峰が行く手を阻むように立ちはだかっている。
赤壁の方に下る。
絹層雲が広がり明日の天気が気になる。
下りはアイゼンが良く効く場所もあるが雪田ではアイゼンが団子になり思うように歩けない。
身体慣らしで関門までの予定が、ジャンダルムまで登り、
緊張の連続であった。観天望気のとおり明日は天気は下り坂である。
12日 赤谷から赤ガレ谷へ
夜半からの雪は2∼3cm新たな積雪になっていた。空はどんより曇っている。出発する頃から小雨となる。
雨具を来て上部では雪だろうと出発する。
関門でアイゼンを付け昨日のルートを左手に見送りながら赤谷に入る。
右半分が氷結している5m程の滝をH先輩の後に続き登る。
バランスを崩しスリップするが
左手ホールドがしっかりして落ちずにすんだ。
滝を2∼3か所登ると、青氷が現れる。
段々状になっており苦労はせず、アイゼンも気持ち良く効く。
練乳に雪を入れミルクセーキを作る。
ルートを間違ったか?痩せ尾根上に出て、眼下に赤ガレ谷が広がり、
その先にジャンダルムがあった。
痩せ尾根を下り赤ガレ谷に入って、10m程の滝を懸垂下降で下る。
滝を下ると次の2∼3mの滝。ハングしておりこれも懸垂下降。
更に20m大滝が現れた。空中下降となるようだ。
新人の我々がおり下降はせず痩せ尾根を登る。
この斜面は1m以上の積雪がある。
尾根に出てトラバースして進むが再び痩せ尾根に阻まれる。
怖さが先行して足が進まない。フラットに足を置くことができず。
緊張が続いた。今回の山行で一番の緊張する時間帯だった。
予定していたルートでなかったと思う。
ノルマルルートに出てほっとする。
雪の解け方が早く、各岩場は滝上に水が流れている。
関門を過ぎBCまでの黒土もぬかるんで歩き辛かった。
テント場の雪も驚くほど溶けていた。
昼食後はのんびり過ごす。ロープウェイ発着所でビルなど買い出しする。
いつもの様に夕食時は盛り上がる。
20時の天気図をとり、M先生とD先輩が入山する時間となりコーヒーで出迎えた。
話は更にはずみ就寝は24時近くとなった。
13日 松が尾谷へ
朝食は餅入りラーメン。
6時40分BCを出る。
天気は小康状態で悪くはならないと思われる。
鷲見平で職場体操で身体をほぐし出発。
関門手前で沢を横切り虎が峰からの枝尾根に上がる。
トラバースしていくつかの尾根を越え取付点に下る沢を辿る。
ここでアイゼンを付ける。小さな沢だが氷結している。岩をへつったりして松が尾谷に降りてきた。
間食してこれからの登攀に備えた。
F1に着く。凍ている。
ここで登攀用具を身に着け取り付く。暗い谷である。
F1の登りは楽であった。パーティーを二つに分ける。
一番手にD・S・Kが続いて二番手H先輩に私・M先生が登る。
私が登りM先生を確保すると、直ぐ登って来る。
駆け足の感じで、ザイルを早く上げろとの言葉にあっけにとられる。
楽とは言え我々新人には緊張の一瞬である。
次の滝は楽に登ったと思う。F3・F4には氷はなく岩登りとなる。
Kパーティーが登り終えるのを待って、H先輩が登る。
腕が曲がり背が低い先輩はテクニックで登る。
次の滝は巻くのであるが、KパーティートップのD先輩がルートを誤り我々が先行する。喜ぶH先輩。暫く登りザイルを解き休憩する。
この付近になると谷も開ける。
右側に行くと第1キレットに突き上げるが、今回は左側本流を詰める。
暫く氷はなくアイゼンを外すが5分も登らないうちにアイゼンが必要となった。2∼3の氷瀑は簡単だったが、問題の滝まで来た。
T先生宅に飾ってある滝だ。H先輩かなり苦労する。
後2∼3mのところで止まっている。
水の流れもあり手がかじかんでいるようだ。
上着の袖からも水が落ちている。
どうにかアイスハーケンを打ち込むが、それを回すのにも一苦労だ。
私も続いたが氷の表面を水が流れており、氷のホールドにも水が溜まり手袋はびしょ濡れである。登りきると手指がしびれている。
松ガ尾谷もチョックストーンの滝を登れば終わりである。
この乗越でも時間がかかる。
二つのハーケンを利用するが先輩達と我々の登り方は雲泥の差だ。
本流の詰めも終わりザイルを回収して第1キレットにトラバースする。
デブリを越えたり、岩場を越えたり、不安定な岩場ではザイルを再び使いながら14時過ぎやっとのことで第1キレットに着いた。
天気も回復して太陽の陽が気持ちが良い。
濡れたズボン・手袋を乾かす。
1時間程のトカゲとなった。ガリー2の下りは前日と比べ雪は解けている。
鷲ヶ峰も随分と黒くなった。16時45分BC帰着。
14日 帰路に着く
バカ尾根を登ろうとの意見もあったが、皆さんゆっくりしている。
8時頃の起床だったと思う。昨日の行動で満足したのだろう。
10時30分、テント撤収にかかる頃、雨がぱらつく。
白雲山荘で食事を摂り、熊本経由で帰路につきました。
今回のリーダー
リーダーは八ケ岳で慣らしたM先生でした。
教育関係に勤められ書道の第一人者でした。
大きな山にはリーダーとしての参加をお願いし、ご指導を頂きました。
今の装備とは段違いに貧弱なものです。
アイゼンも出歯なし10本爪、アイスハンマーもなし、登山用ピッケルのみでした。
K先輩がアイスメスを仕入れたと自慢されていた記憶があります。
その後、7回の入山
この後、7回この谷には入り氷瀑登擧を楽しんでいます。
No 143阿蘇高岳松ガ尾谷 昭和49年2月9~12日 10名
No 204阿蘇高岳松ガ尾谷 昭和52年1月22~23日 3名
No 321阿蘇高岳松ガ尾谷 昭和57年2月12~14日 3名
No 536阿蘇高岳赤ガレ谷 平成4年2月8~9日 7名
No 555阿蘇高岳松ガ尾谷 平成5年2月13∼14日 7名
No 620阿蘇高岳松ガ尾谷 平成8年2月10∼12日 5名
No 950阿蘇高岳赤谷 平成22年2月20~21日 3名
地震や大雨の影響で地形も変わったりで危険性も増して、最近は行っていません。
今年2月雪山体験教室で久住に行った際、アイゼンを持たない新人がおり、昭和45年5月鹿島槍ヶ岳やこの投稿での阿蘇高岳北面で使ったアイゼンを持ち出し爪を研ぎ貸しました。
そのアイゼンがこの写真です。
タイトル写真は平成22年2月時の関門からの写真です。