山登り人生VOL515松村会長と共に阿蘇鷲ヶ峰へ
1969年9月23日から記録を執り始めた山日記をブログで振り返っています。ブログは2021年9月1日から始め4年目に入っています。
このシリーズ「山登り人生」は、2023年3月29日から始めています。
平成10年度になり49歳の山登りです。
この年度、年間15回、25日入山しており
前年度比、回数は3回減で月一ペースになり
日数はヒマラヤ遠征がなくなり40日減となりました。
もう最後になるだろうと松村会長と一緒に阿蘇鷲ヶ峰に向かいました。
No662阿蘇高岳鷲ヶ峰
平成10年10月10∼11日 松村会長、迎先生、M、Iと私
10日佐世保14:00⇒18:00仙酔峡
11日出発6:55→関門7:50→10:40鷲ヶ峰山頂11:00→関門12:50→13:35仙酔峡
⇒アゼリア21(入浴)15:30
先週の古川岳で急にまとまった計画で、先生を案内することになった。
市民体育大会の開会式に参加した後、山に向かう。
松村先生は17年振りの鷲ヶ峰で68歳、最後になるかもと向かった。
私も平成元年以来9年振りの鷲ヶ峰で、私自身もこれが最後になっている。迎先生は自由行動(遭難碑の調査)。4人で鷲ヶ峰に向う。
赤ガレ谷に入りF1、F2、ピナクルの上を越してG2に入る。
赤壁の状態が悪いとノルマルルートに入る。
ルートを間違いながらも何とかG3に入りα塔に達する。
この頃、下部で岩雪崩が発生、ゴーットの音響とともに白煙が上がった。
ここに来る前だったら登山中止にしただろう。
西稜の肩に出ると北稜や北壁が良く見える。
山頂に立ち握手を交わす。先生には喜んでいただいた。
ナイフリッジにも行きたかったが迎先生が待っていることもあり往路を引き返した。
先生は2020年9月7日ご逝去され、もう4年が経ってしまった。