山登り人生VOL328釈迦ケ岳~岳滅鬼岳
1969年9月23日から記録を始めた山日記を振り返っています。
2023年3月29日シリーズ「山登り人生」の投稿を始めもう一年経ちました。ブログ自体は2021年9月1日から980回超の連続投稿を継続しています。
38歳頃の山登りです。
昭和61年度の山行は19回41日で、昨年より7回15日間も減りました。
アマチュア無線交信にも拍車がかかり豪州やインドネシア等とのQSOに没頭していました。
気楽に出掛けたこの山はラッセル連続の厳しい山行となりました。
この時利用した国鉄は一か月後には民営化されJR九州となり、
日田彦山線は平成29年7月九州北部豪雨により被災し不通状態が続いています。昨年よりバスが運行しているようです。
No441釈迦ケ岳~岳滅鬼岳
昭和62年2月28日∼3月1日
M医師、M仕立人、Iと私
28日雨 佐世保17:30⇒佐賀大和IC19:40⇒朝倉IC20:10⇒21:10筑前岩屋
01日雪 出発7:15→釈迦ケ岳10:10→深倉越12:30→皿山分岐13:20(引返し)
→岳滅鬼岳13:40→岳滅鬼峠15:15→林道15:45→今村バス停16:55(バス600円)⇒17:30日田18:30(国鉄)⇒筑前岩屋19:15⇒22:00帰宅
M仕立人の出迎えを受けて日田に向う。
鳥栖∼朝倉間高速道は初めて通る。
時間的には大分短縮できたが、
佐賀まで2時間もかかり筑前岩屋は21時過ぎであった。
最終列車は通っており駅舎近くにテントを張った。
小雨が降り続き明日の行動を心配した。
1日一番列車が到着する前にテントを撤収する。
起きた時は星が出ていたが、出発する頃には雪となる。
しんしんと降り続く。あっと言う間に銀世界となる。
ノートレースの雪肌に踏み跡を残しながら
林道を歩き約1時間で山道に入る。
雪の重みで垂れ下がった枝で、上も下も雪攻めである。
砥石峠からは風も当たりだし、冬山モードに一変する。
釈迦ケ岳山頂直下は30∼40cmの積雪で悪戦苦闘する。
山頂からの急坂を下ると道はなだらかになる。
単調な稜線もこう雪が多くノートレースでは不安が過った。
途中の峠で位置確認ができたが、まだここまでかとガックリくる。
岳滅鬼岳西峰に着き、皿山へ下る道標を見つけた時は、
ここから下ろうとなったが地図もなく誰も知らないルートで引き返した。
予定とおり岳滅鬼岳峠を目指すことにした。
本峰は吹き溜まりとなり腰までのラッセルである。
東峰からの下りは躊躇した。
幸いフィックスザイルがあり助かった。
峠までも長かった。
峠に到着し一安心であったが、
林道への下りも積雪は減らないし、林道に出てからも積雪は変わらず苦しいアルバイトであった。
今村バス停、うまい具合にバスに間に合い日田に出た。
毛の手袋にロングスパッツまでは準備していたが、
油断大敵な山行であった。
全くトレースもなくエスケープルートも分らず、
考えさせられた山行であった。
日田でのビールがことのほか美味しかった。