創立68周年の山岳会。52年余の古株会員
所属する山岳会は1953年(昭和28年)4月創立で今年で68周年を迎えた。在籍51年8ケ月の私は一番の古参となった。昔を語る仲間も退会したり亡くなったりで、寂しいばかりである。救ってくれるのは会を思う若い仲間である。
昭和28年設立当時は職域山岳部等の集合体だった。
前年10月準備会に集まったのは九州電力発電所、同営業所、国鉄S駅、基幹病院、県立高校2校、基幹銀行2行、郵便本局の事業所の面々だ。 昭和28年長崎県民体育大会で山岳競技を地元開催したいとの市教育委員会からの働きかけで九電F氏を中心に各事業所に呼びかけて実現した。同下旬には70名の参加でハイキングを実施している。
昭和28年4月1日を設立日とし、同12日には設立登山を実施して5月16~17日の県民体育大会山岳競技を主管して成功させている。この頃の登山スタイルが次の写真だ。1枚目は昭和29年8月夏山合宿阿蘇~久住。2枚目は昭和33年雲仙での九州大会。3枚目は昭和34年7月黒髪山での岩登り。
私が入会した1970年1月には、この構成は大きく変わり造船所山岳部が主力で市役所山岳部、バス会社が僅かで無所属が数名であった。長崎国体が終わった翌年で国体強化で会員の登山レベルが向上していた。山岳部の活動が充実し山岳会の活動と平行していた。無所属の会員はハイキング程度が多く、私の岩登りや雪山は山岳部の方に指導を受けるのが多かった。懐かしい話である。