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山登り人生VOL399春山合宿燕岳∼大天井岳

1969年9月23日から記録を執り始めた山日記をブログで振り返っています。ブログは2021年9月1日から始め、
このシリーズ「山登り人生」は.2023年3月29日から始めました。

43歳頃の山登りです。
平成4年度の山行は19回延べ40日と
前年度比6回・13日増と増加トレンドになりました。

春山は北ア表銀座を目指すこととなりました。

No539春山トレ国見・烏帽子山系


平成4年4月12日 5名
板山8:30→栗の木峠10:20→八天岳11:10→オサエ峠11:30→宇土越12:05→12:40隠居岳13:00→14:10青少年の天地14:40→白南風小15:40→16:00佐世保駅

24㎏ボッカ。右膝痛めて苦しい烏帽子からの下りとなる。
20㎏を超えたのが無理だったのか、
他の3名は日頃努力をしているようだ。
案外、私一人がトレ不足なのかも。 

No540春山合宿燕岳∼大天井岳∼常念小屋

平成4年5月1∼6日 5名
1日佐世保19:00⇒
2日4時頃大阪⇒穂高駅前9:00⇒タクシー⇒中房温泉10:00→第2ベンチ→
  14:00合戦小屋横幕営
3日4時起床。出発5:45→燕山荘7:10→燕岳7:45→
  燕山荘8:45→11:00P2682→14:00大天井岳(大天荘横幕営)強風に荒れる。
4日吹雪、停滞
5日2時起床(待機で再度寝る.)7時再起床。
  出発8:00→常念小屋10:40→一の沢→須砂渡13:30⇒15:00穂高駅前17:50
6日佐世保8:30

1日佐世保出発・2日合戦小屋横幕営

1日一旦帰宅し風呂で汗を流した後、キャンパーに向かう。
すでに他のメンバーは集合しており定刻前に出発した。
男性3人で交代運転し、女性二人が交代で助手席に、
といったローテーションで佐世保から安曇野まで高速を走る。

2日7時前に恵那山トンネルを抜けると前方に南アルプスが現れ、
眠気は吹き飛ぶ。
塩尻あたりに来ると北アルプスが見えはじめ白い峰々が迫って来る。
穂高駅前に着くと山岳指導員らしき人から登山計画書の提出を求められ、
ダイテン(大天井岳のこと)の登りは気をつけるよう忠告があった。

穂高駅

運転手の案内で穂高町役場の駐車場に車を置き、
荷物を整理し一台のタクシーで中房温泉郷に向かった。
40分程で登山口に到着。

登り始めて直ぐ雪道となる。
いきなりの急登で身体が動かない。
ここ数日寝不足とトレ不足、車中でも殆ど眠れなかったのが響いている。

予定より早いことから燕山荘まで行けるかと思ったが、
天気は思わしくなく上の方は風が出ているようだ。
合戦小屋横に幕営することになった。
晩餐は山の中とは思えない豪華なスキヤキだ。

無雪期の合戦小屋

3日晴れ後吹雪。

小屋辺りは風もなく晴れている。
アイゼンを着け出発。
30分程で合戦ノ頭に出て、燕山荘までは一息であった。

燕岳の稜線

山荘横に荷物をデポして燕岳へ。

燕岳から北西方向?の展望
燕岳から北方向の展望

山頂は風が強く人も多いので直ぐ引き返した。
昨夜の合戦小屋泊まりは正解であった、
ここのテン場だと相当吹かれたであろう。
オーバーズボンなど着用しアイゼンも締め直して
強風の中、大天井岳を目指す。

男性二人が先行しY女史・S女史と続き最後は私の順で縦走する。
Y女史に遅れるS女史。
次第に2パーティーに別れてしまった。
大天井岳の登りでは、S女史にぴったりと付いて指示し励ます。
突風に煽られ足がふらついている。
耐風姿勢で風が息付くのを待ちながら、S女史に指示を出す。

大天井岳の登り

上部には大勢人が並んでいる。滑落者が出たようだ。
上での大騒ぎで黒部側雪渓に滑落者が出たのが分かった。
私も底の部分の滑落者を確認した。一気に緊張が走る。
OさんとY女史は転げ落ちるのを目の当りに見たそうである。

緊張が走る。
ザイルを投げてほしかった場面である。
山頂に立ち暫く休んだ後、一旦は常念小屋を目指したが、

S女史らの体力も考え大天荘に戻った。
大天荘横の吹き溜まりに幕営する。
他に3張、小屋にも大勢泊まっている。
遭難パーティーもおり大変な様相である。
この夜、吹雪は一段と強くなった。
ラジオでは遭難のニュースが流れ、
私の無線機にも遭難に関する交信を受信できた。
女性群は遭難現場に遭遇し、
神経がピリピリしていたのか眠れない夜だったようだ。

4日、終日吹雪、停滞する。

風は納まる気配がない。
昼頃になっても全く見通しがつかず今日中の出発を諦めた。
ラジオでは遭難のニュースを伝えていた。
酒を飲んだりで暇を潰しながらゴロゴロと過ごす。
昼間風は少し弱まっていたが、夜は昨夜以上の猛吹雪となった。 

5日常念岳諦め一の沢へ

早朝2時起、4時出発の予定であったが
荒れ狂っている最中で、暫く様子を見る。
7時頃になって意を決して出発準備、雪に打たれながらテントを撤収。
一旦大天荘に入り荷造りを整えて出発した。
30分も下降すると強風域を脱した。
荒れていたのは山頂部のみで、汗ばむようになった。

右手には槍穂高の山なみがくっきりと確認でき、
横通岳の中腹をトラバースでは遠くには富士山も見えてきた。
ようやく春山の素晴らしさを感じることができた。

常念小屋で休んだ後、常念岳は諦めて一の沢から下山することにした。

常念小屋前、槍ヶ岳をバックに。
穂高岳

3時間ほどで車道(登山口)に着き、タクシーで穂高駅に戻った。

滑落者は大した怪我もなく救助されたとのこと良かった。
食事や風呂を済ませスッキリして帰路についた。

この連休、M社長とI君はキナバル遠征に向かっていた。          

 

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