私的人力ボカロの考え方
私が人力ボカロをやる上で考えていることについて説明していこうと思います。
ここでは技術的なことにはあまり立ち入らず、あくまでその前提になる考え方の部分について述べていきます。
私は人力をやる上で、まず歌わせたい人の癖を把握した後に歌わせたい曲を聴いて「ここで声が裏返る」「ここはエッジボイスになる」「ここは滑らかに繋がるあ行ではなく声門破裂音のあ行を使う」「ここの『大きな声で』の発音は『おううぉきなこうぇで』のようになる」といった細部までイメージできていることが、より自然で本人らしい人力に近づく条件だと思っています。
ここで私が考えていることは、歌わせたい人の歌い方の癖をよく理解しよう、という言葉に集約されます。とはいえ感覚的にはわかっていたとしても中々言語化が難しいところではあります。そのためこの記事で少しでも言語化できるように、そしてそのイメージ通りに人力が組めるようになってほしく思います。
ちなみに私は切り貼り式で人力ボカロをやっているためその前提で話が進んでいきますが、UTAUでやられている方にも参考になる知識がいくらかあるのではと思います。
█ 発声の種類
基本的には二種類しかありません。地声と裏声です。地声と裏声とは何か、についてはみなさんおわかりかと思いますので改めて説明する必要はないと思います。
(裏声にはバリエーションがあり、ミドルボイスやミックスボイスなどと言われますが、ここでは深く立ち入りません)
この二つに加え、がなり声やエッジボイス、ホイッスルボイスがあります。
がなり声についてもみなさんおわかりかと思いますが、エッジボイスと言われてもよくわからない方がいらっしゃると思いますので貼っておきます。こんな感じの声です。0:56にて、「冷たい」の発音が「つ゜う゜めたい」のようになっているのがわかると思います。一番のAメロだけでも他に1:12、1:24と三回も使われていますね。
平井堅のほかにも一部の歌手(ミリマスだと北上麗花さんとか、にじさんじだと久遠千歳さんとか)がこのエッジボイスをフレーズの頭に用いる傾向にあります。もし歌わせたい人がエッジボイスを使うのであれば、人力に積極的に取り入れたいところです。
そしてホイッスルボイスについてですが、そもそも使っている歌手が多くなく、普通の人は中々出さない声なので人力での使い所はかなり限られると思われます。
一応載せておくとこんな感じの声です。1:15や2:04などサビ前の各所で出しています。3:29からは特に顕著ですね。
後々置き換え可能な発音について解説しますが、まず発声が違うと換えが効かないことを覚えておきましょう。発音は同じ「か」でも地声の「か」と裏声の「か」とがなり声の「か」とエッジボイスの「か」は交換不可能です。
切り貼り式人力の場合、歌わせたい曲によって集める素材曲を変えることの重要性の一つもここにあります。曲や歌手の歌い方によっては全パート地声だったり、逆にサビはほとんど裏声だったりとまちまちだからです。地声をがなり声に変換することもできますが、がなりを入れたい場合はがなり声の素材があるに越したことはないでしょう。
ちなみにがなり声やエッジボイスは子音の発音が潰れがちなので、使用する場合は子音の一致には厳格に拘らず母音だけ合っていれば十分ではと私は考えています。
█ 発音の決まり
ここでは日本語で歌う際の基本的な発音について解説します。念頭に置いておいてほしいことは、話と歌では発音が違うということです。
▶ あ行は2種類ある
話し始め、フレーズの頭のあいうえおと話の途中、フレーズの中のあいうえおは違います。
話し始めでは喉が震えていない状態からいきなり喉を震わせるので、声門破裂音という子音が鳴ります。無理やりひらがなにすると「っあ」「っい」「っう」「っえ」「っお」のようになります(この声門破裂音の鳴るあ行を以降「っあ行」とします)。
一方で話の途中では必ず前の母音と滑らかに繋がっています。これを通常の「あ行」とします。
……と言いましたが、これはあくまで日常会話での話。歌となると例外が多く出てきます。
歌い方なので個人差がありますが、フレーズの途中でも前後と音の高さが変わるあ行はっあ行になる傾向が見られます。
実例をご覧ください。白金ディスコの人力ボーカロイドです。サビの前半「変わってくもの」「飽きっぽい私が」「初めて知ったこの永遠を」という箇所に注意して聴いてみてください。
こちらでは「かわあてくもの」「あきっぽいわーたしがー」「はじめてしいた このえいえんうぉー」のように全て滑らかに繋がる発音していますが、
こちらの動画では「かわっあてくもの」「あきっぽっいわーたしがー」「はじめてしっいた このっえいえんっおー」というように、所々がっあ行になって声が区切られています。
ちなみに「君に誓うよ」の部分は「きみーにちかーっうよー」とどちらもっあ行を用いていますね。
私見ですが、っあ行の音素は用意した方が良いと思われます。フレーズの頭だけでなく途中にも使用する可能性があるからです。
逆に滑らかに繋がる普通のあ行はどうなのかと言うと、他の行の子音部分を削り取って母音を使い回せば大丈夫だと思われます。私は繋がる母音用の音素は基本的に用意していません。
っあ行の使用頻度を見極めて的確に使用することで自然な人力になるのではないかと思います。
▶ 母音の繋がりに入ってくるyとw
上では母音が繋がる際に「っ」が入ることがあるという話をしましたが、これ以外にも入ってくるものがあります。yとwです。
例えば「おう」や「おお」の途中で音の高さが変わると「おうぉ」になりやすいです。
いつだって僕らはでは、1:43「さよならを告げたら」の「さよならを」が「さよなーらうぉ」、1:55「迷って遠回り」の「遠回り」が「とうぉーまーわーりー」、2:43「確かに希望の音が聞こえたんだ」の「希望の」「聞こえた」が「きーぼうぉの」「きーこうぇーた」となっています。
音の高さは変わっていませんが、1:14「昨日よりもっと強く」の「昨日」も「きーのーうぉ」となっていますね。浅倉さんはwを挿入しがちな傾向があることが見てとれます。
ただし1:03「未来を呼んでみようよ」の「みようよ」は「みよーうぉよー」ではなく「みよーっおよー」となっていることにも注意してください。浅倉さんと樋口さんで発音の癖が異なっています。
他にも先ほど見たように「おえ」が「おうぇ」になったりするほか、「あえ」が「あいぇ」、「ええ」が「えいぇ」のようになる場合もあります。
例えばルンがピカッと光ったらの二番「ダメだよそれじゃ前へ進めない」(1:56〜)の「前へ」の発音は「まいぇいぇ」のようになっています。
これは歌手の方の発音の癖によるものであり、同じ「おう」でも人によっては「おう」のままだったり「おうぉ」になったり「おお」になったりするのでよく聴き込んで癖を知ることが大事です。
▶ 母音の無声化
放送部や演劇部などに所属経験のある方は聞いたことがあるかもしれませんが、無声子音、即ちか行・さ行・しゃ行・た行・ちゃ行・つぁ行・は行・ひゃ行・ふぁ行・ぱ行・ぴゃ行に挟まれた母音は発音されなくなります。
一般的にはイ段とウ段の母音が発音されなくなると説明されますが、人によってはア段・エ段・オ段も発音されなくなります。
例えば、首都圏出身の方は無意識のうちに「〜してた」が「〜しつた」「〜しとぅた」のような発音になることがあると思います。これはた行の子音に挟まれた「え」が発音されなくなったためにそのように聞こえるのです。
これも歌い方次第で個人差があり、全く無声化しない人もいれば頻繁に無声化させる人もいます。歌わせたい人の癖を掴みましょう。
▶ 口を閉じる子音の前でフォルマントが下がる
これは完全に三色パーカーさんの受け売りです。
か・が行、及びは行のうち「は」「へ」「ほ」以外の全ての子音は、その子音の前の母音が口を閉じる動きをします。とてもゆっくり「あた」と発音してみると、「あうたー」のようになるはずです。た行のみならず、さ行・な行・ま行・や行・ら行・わ行においても非常にゆっくりと言うと子音の直前に「う」が発生すると思います。この「う」の部分をフォルマントを下げることで再現しようということです。
この処理を行うことで継ぎ接ぎ感が薄まりより自然な感じになります。詳しくは後々技術的な解説記事を作成した際にフォルマント調整をした音源としていない音源の比較を作ろうと思いますのでそちらでご確認ください。
█ 交換可能な発音について
「ぱ行の音素が見つからない!」「高音域の『げ』の音が欲しいけど音素がない!」なんて悩みは人力作者の皆さんが抱えておられることと思います。
そこで、近い発音で代用できないか考えてみました。私が試してみた範囲で有用そうなものを表にしましたので貼っておきます。子音が違っても同じ段の母音を持っていれば代用可能です。
例えば、「ぺ」の音素がないので「て」や「で」で代用する、「ゔぁ」の音素がないので「ば」や「わ」で代用する、といったことが考えられます。
また、子音だけでなく母音も代用可能です。
まず、多くの人が歌においてはオ段の発音がア段近づく傾向にあるため、オ段はア段に交換可能であると思われます。「と」のロングトーンが無いので「た」で代用する、といった具合です。
それ以外の母音は非常に個人差がありますが、イ段とエ段、エ段とア段、オ段とウ段は発音が比較的近いので、場合によっては発音が近づくかもしれません。
例えば、チョコレート・サンデーの一番のBメロ(0:40〜)「ホットかれたらハート冷めちゃうんだから ぎゅーっと手を繋いでくれなきゃ」という部分を聴いていると、「れ」や「め」がそれぞれ「り」や「み」にやや近づいていることがわかります。
ここから、園田さんで人力をするにはエ段を所々イ段に差し替えると園田智代子っぽさが出せるかな? なんてことが考えられますね。
█ まとめ
人力を組み立て始める前に「ここは裏返る」「ここはっあ行になる」「ここの『永遠』の発音は『えいいぇっうー』のようになる」といったことが少しでもイメージできるようになったでしょうか。
きっと手間はかかるでしょうが、初めに申し上げましたように、こうすることで人力の完成度を引き上げることができると私は思っています。
そして、足りなくて困っている音素はきっと代用品が見つかるから、血眼になってまで探す必要は無いかもしれない、ということもどうか覚えておいてください。
この記事を読んでくださった皆様が良き人力ライフを送られますようお祈り申し上げます。