狂わされている
狂わされている。寝ても醒めても、掻き乱された脳髄から流れてくる血で息ができない。釈然としない。表紙からして純愛かと思ったらNTRモノだったエロ本のように、調整豆乳だと思ったら無調整豆乳だったときのように、シビれるパアトスで鎖骨を殴打した感覚が、呼気に色濃く残ってやまない。
数日前、私は漫画を読んだ。うすた京介の『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!マサルさん』を。
面白い。笑いつつ、むせながら、泣きながら読むに至るほど面白い。この世に生を受けてから今まで、何故読んでこなかったのかと悔やまれるくらいには面白い。うすた京介あるあるの『主人公とボケの距離感が近すぎる』も楽しめるし、キャラクターはド変態で愛しいし、なんて素晴らしい作品なんだ。そう思って私は読み進めた。
そうしたら、こいつに出会った。いや、出会ってしまった。
名前は桜田門凱。カブキ高校の(恐らく)二年生。全国大会に出場するほどのセクシーメイトで、相当な強さをもつ。要するに、花中島マサルのライバルキャラというわけだ。
ここまではいい。いいキャラクターだ。文句なし。華奢な体躯。声も高らかで耳に良い。うん、まさにセクシー。まさセク。ナイスセクシー。ナイセク。
こいつの何がいけないかって、勘のいい人ならお分かりだろうか。
そう、こいつは男なのだ。
言うなれば脳破壊だ。こんな衝撃はカリョウカイエ以来。
だって、まつげ長いし、巻いた金髪も長いし、強いて言えば上が発育不足かな〜とは思ったけど、まあうすた女子だからな〜と流そうとしたら、こいつ下半身、下半身についてやがる。
このフーミンの一言の衝撃ったらない。ひどい、ひどいよ。ひどすぎるよ。どういうことなの。もうなにも、わからない。どうなってるの? さくらだってひと、おとこのこなの? ねえ、どういうことなの。こんなにうつくしいのに? おとこ? うつくしいおとこ? わからない、わからない、わからないよう。
それから私は、奇妙な感覚に、苛まれるようになった。
興奮するのだ。
私にそんな悪癖はない。男になんて興奮しない。そんな輩の気持ちなど理解できない。何度も自分にそう言い聞かせた。
しかし、事実は曲げられない。桜田門凱というキャラクターに、興奮しているという事実。あんなに華奢な体に、男根がついていると思うと。御手洗は男性用に行き、更衣室も男子、その自分に何ら疑問を持たない彼のことを思うと。どういうわけか、胸騒ぎが収まらなくなるのである。異常性癖。その言葉が脳神経を掠めるたび、後ろ指を指されるような後ろめたさと、腹からこみ上げてくる何とも言えない背徳感が一緒になって、心臓でスパークする。我が心臓は時限爆弾となり、その身をもってこの世界を木っ端微塵にせんと、秒針の音を刻んでいる。
興奮してしまったものは仕方がない。不服だが、グッときちゃったんだから。私はいっそ清々しいほど、開き直っていた。
かなりのマイナーキャラであるから、エロ同人があるはずもなく、自給自足をする。マイナーキャラに興奮を覚えるたび、ああ、自分の二次創作に興奮できる単純な体でよかった、という煩悩にまみれた安堵を感じる。
拙い内容だからここには載せないが、かくして、特に苦労もなく、桜田門凱のエロ同人は完成したのだった。
まあとんでもなく興奮した。あらゆる女キャラクターに向けるどんな昂りとも違う、罪悪感で腰が引けてくるけどどうしても止められない、といった部類のエクスタシーを全身全霊でひしひしと受け止めた。自分がおかしくなっていくのが分かる。それすら今は気持ちが良かった。私は変態だったのだ。もうこれからは花村輝々を馬鹿にできない。
悦楽の後に自分を飲み込む眠気に身を任せながら、私は己の扉の開く音を聞いたのだった。
数日後、こいつで全く同じ目に遭うのはまた別のお話である。