2023/12/19(火)のゾンビ論文 マルクスはゾンビがどうとかなんて言ってないだろ
ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。
アラートの条件は次の通り。
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender -narrative -Netflix -network」
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」
「zombie -firm -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)
検索条件は次の意図をもって設定してある。
「zombie」:ゾンビ論文を探す
「-firm」:ゾンビ企業を扱う経済学の論文を排除する
「-philosophical」:哲学的ゾンビを扱う哲学の論文を排除する
「-DDoS」:ゾンビPCを扱う情報科学の論文を排除する
「-xylazine」:ゾンビドラッグに関する論文を排除する
「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬を使う医学の論文を排除する
「-gender」:ジェンダー学の論文を排除する
「-narrative」:ゾンビ映画・小説などを評論する論文を排除する
「-Netflix」:ネトフリ限定ゾンビドラマなどを引用する論文を排除する
「-network」:とにかく情報科学の論文を排除したい
検索条件2は、最後の三つの検索キーワードがないため、これらが排除した論文がねらい通りかどうか確かめる目的がある。また、検索条件3では「-philosophical」と「-gender」という一般性の高い検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないかを確かめる。
今回、それぞれのヒット数は以下の通り。
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender -narrative -Netflix -network」二件
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」三件(差分一件)
「zombie -firm -xylazine -biolegend -DDoS」六件(検索条件2との差分は三件)
検索条件1は経済学、医学が一件ずつだった。
検索条件1「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender -narrative -Netflix -network」
ゾンビ労働力: 資本主義、犠牲、そして労働の仮想死後の世界
一件目。
原題:Zombie Work Force: Capitalism, Sacrifice, and the Virtual Afterlife of Labor
掲載:symploke
著者:Jose Alvarez Lara と Abigail Muller
ジャンル:経済学
タイトルの通り、マルクス主義者が資本主義を批判する妄想文。資本主義はゾンビだのなんだのと、感情的であるだけの扇動文が長々と連ねられている。
zombieの単語は"zombie banks"(ゾンビ銀行)、"zombie McCain"(ゾンビ・マケイン)といった文字列で出くる。ただし、単にマルクスが編み出した資本は労働者を餌食にする吸血鬼という概念をゾンビに転用し、「社会でもゾンビが市民権を得てきたじゃない!」と言うだけの例に過ぎない。また、マルクス経済学から見た資本主義の不備がゾンビのようであると批判もしている。
ちなみに、ゾンビ銀行は"the parasitical behavior of insolvent financial institutions that remain "alive" by feeding on government support"(政府の支援を糧にして「生き延びる」破綻した金融機関の寄生的な行動)と定義されており、ゾンビ企業のゾンビ銀行版である。ゾンビ・マケインは、オバマと大統領選挙を戦ったJohn McCainのギャグみたいな一幕を基にしたミームのこと。
この論文だけ読むと、マルクス主義が学問ではなく思想であることを痛感させられる。経済学の仕組みを解き明かすわけでもなく、資本主義経済の外側に立ったつもりになって、自分たちの思想に基づいて不備を指差し、映画を引用しながら文句を垂れる。それとも、この論文の著者だけがみっともない感想文を書いてマルクス経済が資本主義経済に勝ると主張するのだろうか。マルクス経済学が経済哲学だというのならこの行動の意味もわかるが。
また、ゾンビについては以下のようにも言及している。
ゾンビが人間性と自主性の欠如を象徴してきたのは事実である。ただし「ゾンビが象徴してきた」というよりも、「ゾンビに象徴させてきた」といった方が正しい。被支配者のアバターでしかないゾンビが自発的に象徴することなどありえないからだ。もちろん「常に労働と結びついて」いるという表現も、「常に労働と結びつけてきた」のである。
ジャンルは経済学。
ゾンビ細胞を除去するとMSが改善する可能性がある
二件目。
原題:Removing zombie cells may help MS
掲載:New Scientist
著者:Grace Wade
ジャンル:医学
タイトルの"zombie cell"は老化細胞のこと。細胞は様々な刺激を受けたり生きたりするだけでも劣化するため、時間やダメージの蓄積で自らを殺すアポトーシスという機能を有している。しかしその機能を無視して生き残ってしまう細胞がある。それが老化細胞であり、ゾンビ細胞である。次に、MSはMultiple sclerosis(多発性硬化症)のこと。
つまり、タイトルはそういうことである。したがって、本物のゾンビは出てこない。
ジャンルは医学。
検索条件2「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」
検索条件1との差分を調べ、「-narrative」「-Netflix」「-network」が排除した論文がねらい通りだったか確認する。
疫病の政治経済学
原題:The Political Economy of Pestilence
掲載:symploke
著者:Peter Hitchcock
ジャンル:
「-narrative」で排除。またマルクス経済学の話。マルクスが編み出した"vampire narrative"にて定義された労働者の血をすする吸血鬼から連想したゾンビが云々。
検索条件3「zombie -firm -xylazine -biolegend」
上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビドラッグ、ゾンビ試薬、ゾンビPCは排除されるように設定してある。
ゾンビコンセプトとしてのキャラクター
原題:Character as a Zombie Concept
掲載:Performing Identity
著者:Barry King
ジャンル:評論
「-gender」および「-narrative」で排除。俳優と演技の関係、具体的には演じられるキャラクターと俳優と同一性(ジェンダーや人種?)に関して議論する。
Ulrich Beckが提案した"zombie concept"(ゾンビコンセプト)という概念があるらしい。
ホラー理解に影響を与える音響技術の記号論 短編映画『HAWA』(2016)
原題:SEMIOTIC OF SOUND TECHNIQUE IMPACTING THE UNDERSTANDING IN HORROR GENRE SHORT FILM “HAWA”(2016)
掲載:Jurnal Gendang Alam (GA)
著者:Wilynie Teng Miau Le と M. Fazmi Hisham
ジャンル:音楽学?
「-gender」で排除。Tan Ce Ding監督作『Hawa』の音の構造を分析する論文。中身ではなく音響?に注目するのは珍しい。検索に引っ掛かったのは『Hawa』がゾンビの出てくる映画からだろうか。
外から見た倫理:ロジャー・クリスプ氏へのインタビュー
原題:Ethics from the Outside Looking In: An Interview with Roger Crisp
掲載:Erasmus Journal for Philosophy and Economics
著者:Roger Crisp と Benjamin Mullins
ジャンル:哲学
「-philosophical」で排除。哲学的ゾンビを扱う論文。興味を引いた文章を引用しておく。
和訳がうまくいかないが、哲学的ゾンビの扱い、あるいは定義が変わってきているのかもしれない。
まとめ
検索条件1は経済学、医学が一件ずつだった。
マルクスの資本論をそのまま引いてくれる論文を見つけられて大変助かった。該当文を孫引きしよう。
マルクスはゾンビがどうとか言っていなかったのだ。言及したのは吸血鬼のみ。というか、ロメロの『Night of the Living Dead』が1968年なのだから、1867年にマルクスがゾンビに言及できたわけもない。
マルクス経済学およびマルクスが打ち立てた共産主義には軽蔑の念があるが、今回はそれとは別なところで腹が立った。まず、マルクス主義者たちには、まるで聖書の正当化に勤しむ神学者のように、共産主義を現代の社会に見合った思想・経済形態であると主張するために『資本論』の解釈を変える習いがある。言い換えれば、始祖の言動を絶対視する宗教的な思考があるのだ。
にもかかわらず、始祖が使った「吸血鬼」よりも大衆に受け入れられている「ゾンビ」を選んで論を立てている。ゾンビの方が人気だろうが、始祖から変わらず吸血鬼を使え。吸血鬼のゴシックな雰囲気さえも帯びた思想の古臭さから目をそらすな。
といういら立ちを隠せない。マルクス主義者たちがいつから「ゾンビ」を使うようになったのか探し出し、海に沈めてくれる。
今回はねらいの論文がなかった。