2024/3月第一週のゾンビ論文 クジラの死骸を漁るゾンビワーム
本物のゾンビについて書かれた論文を探すべく、Googleスカラーのアラート機能を使い、ゾンビについて書かれた論文を収集している。
アラートの検索条件は次の通り。
「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」
「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)
「zombie」をキーワードにゾンビ論文を探しているのだが、比喩としてゾンビを使う論文も多いため、「-◯◯」で比喩としてのゾンビを扱うが論文を排除している。排除したいゾンビや論文は、以下の通り。
「-firms」:ゾンビ企業
「-philosophical」:哲学的ゾンビ
「-drug」:ゾンビドラッグ
「-network」:情報科学系の論文ならなんでも
「-DDoS」:ゾンビPC
「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬
「-gender」:ジェンダー学系の論文ならなんでも
「-narrative」:ゾンビ映画・小説などの評論
検索条件1には一般性の高い排除キーワードが含まれているため、それらが不必要にゾンビ論文を排除していないかを条件2で確かめる。
今回、3/1~3/10の期間で収集し、以下の通りの論文を得た。
「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」二件
「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」14件(条件1との差分は12件)
検索条件1は情報工学、医学、生物学が一件ずつだった。
検索条件1「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」
FMCWレーダーと機械学習を使用したスマートフォンゾンビと通常の歩行者の識別
一件目。
アラート日付:3月5日
原題:Identification of Smartphone Zombies and Normal Pedestrians Using FMCW Radar and Machine Learning
掲載:2024 IEEE International Conference on Consumer Electronics (ICCE)
著者:Antonio Noceraを筆頭著者として、五名
ジャンル:情報工学
“smartphone zombie’’(スマホゾンビ)、日本で言うところの歩きスマホをレーダーで自動検知する技術に関する論文。なお、スマホゾンビはsmombie(スモンビー)とも呼ばれる。アブストラクトによれば、77GHzの自動車用周波数変調連続波レーダーでスマホゾンビと通常の歩行者を識別することに成功したらしい。
これはもしかして本物のゾンビと仮定しても矛盾が出ないのではないだろうか。なぜなら、この論文は対象の歩行パターンを分析・識別しており、「通常の歩行者とゾンビの歩行パターン」の識別も可能だと考えられるからだ。識別された歩行パターンがスマホゾンビに固有でなければ、本物のゾンビを仮定しても良いだろう。
ただ、アブストラクトにはスマホゾンビを"a pedestrian with the head down on the phone"(スマホに向けて頭を下げている歩行者)と表現している。通常のゾンビにそのような歩行パターンはないため、スマホゾンビに固有の歩行パターンと言った方が適切であるように思う。
いや、この技術は通常の歩行者とゾンビの識別にも適用可能なはずだ、だから本物のゾンビを扱った論文なのだ、と主張することもできる。しかし、その場合は「スマホゾンビを通常のゾンビへ拡張可能」くらいの評価が妥当だろう。決して「本物のゾンビを扱った(と仮定しても矛盾しない)論文」ではない。残念だが、今回はねらいの論文ではなかった。
しかも「network」の単語も入ってたし…。
ジャンルは情報工学。
ゾンビワーム: 骨を貪る何者か、または重要な生態系エンジニア
二件目。
アラート日付:3月5日
原題:Zombie worms: mysterious bone devourers or crucial ecosystem engineers
掲載:Imperial Bioscience Review
著者:Rhys Thomas
ジャンル:生物学
「-gender」で排除…されていたのだが、「この記事を読んだ人はこんな記事もおすすめ」の記事タイトルに「gender」があっただけだった。実質条件1に引っ掛かっているようなものだったので、こちらに掲載する。
"zombie worm"(ゾンビワーム)とも呼ばれる深海生物、Osedax worm(オセダックスワーム)の説明。オセダックスワームは死んだクジラの骨を食べる多毛虫である。クジラの骨から得られた栄養素を硫化物と一緒に合成し、エネルギーを取り出すため、ほかのどんな生き物よりもクジラの骨を有効活用できるとのこと。また、骨に穴をあけて栄養素をむしり取るため、ほかの生き物もその穴を通して骨の中に入り込むことができる。これにより、クジラの骨の周りに生態系が発生することから、タイトルに「重要な生態系エンジニア」とつけたのだろう。
己が寄生されることも死ぬこともなくゾンビの名を冠する生き物がいるのは珍しい。死骸を漁る様子がゾンビに喩えられたと思われるが、いやそれはグールだろ。
ジャンルは生物学。
鎮痛医学におけるメタファーの採用
三件目。
アラート日付:3月9日
原題:Embracing Metaphor in Pain Medicine
掲載:Routledge Handbook of Medicine and Poetryの第十章
著者:Peter Stilwell と Christie Stilwell
ジャンル:医学
zombieの単語は"zombie-like" 'living death' (Hutmacher 2021)"という文字列で出てくる。Hutmacherが2021年の著作で「ゾンビのような生きた死」について言及しているということだ。調べたところ、以下の論文が見つかった。
この論文でzombieの単語は次の文章のみに出てくる。元論文の述べるように"living death"という文字列も出てくるため、間違いないだろう。認知症患者が自身をゾンビに喩える件について言及しているようだ。
元論文がこの論文を引用して何を述べようとしたのかはわからないが、「認知症患者が自身をゾンビに喩える」という狭い事例を引用して何かに話を広げるイメージが浮かばない。単にそういう例があるという紹介にとどまっているのではないだろうか。
ジャンルは医学。
検索条件2「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」
上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業と哲学的ゾンビ、ゾンビドラッグ、ゾンビ試薬、ゾンビPCは排除されるように設定してある。
ゼロから始める社会生活: ウォーキング・デッドにおける道徳、宗教、社会
アラート日付:3月2日
原題:Social Life from Scratch: Morality, Religion, and Society in The Walking Dead
掲載:Theology, Religion, and Dystopiaの第五章
著者:Justin F. Martin
ジャンル:宗教学
「-narrative」で排除。副題の通り、『ウォーキング・デッド』に触れているため検索に引っ掛かった。掲載元はディストピアを論じる本らしい。
モンスターのガイドブック: 哲学、宗教、そして超常現象
アラート日付:3月2日
原題:A Guidebook to Monsters: Philosophy, Religion, and the Paranormal
掲載:このタイトルの本がある
著者: Ryan J. Stark
ジャンル:哲学
「-philosophical」および「-drug」で排除。「モンスターのガイドブック」というくらいなのだから、ゾンビも出てくるのだろう。モンスターがどのように哲学や宗教に関わるかは不明だが。
推理小説は20世紀をどのように想像したか
アラート日付:3月2日
原題:How Speculative Fiction Conceived the Twentieth Century
掲載:University of Portsmouthに提出された博士論文
著者:William Francis Gillard
ジャンル:文学
「-gender」および「-philosophical」で排除。タイトルからするとゾンビは関係ないが、著者の略歴とともにゾンビ映画など様々な作品に触れてきたと述べている。
見知らぬ家族と不穏な気候の未来
アラート日付:3月5日
原題:Unfamiliar families and disturbing climate futures
掲載:International Feminist Journal of Politics
著者:Carl Death
ジャンル:ジェンダー学
「-gender」および「-narrative」、「-philosophical」、「-drug」で排除。ecomaternalism(エコマザーナリズム)なる「気候変動政策における家族の役割に関する支配的な言説」があり、エコマザーナリストが描く物語の思想を破壊することがポリコレった人間の重要な課題らしい。妄想狂同士の戦いだろうか。この論文では三つの「アフリカ未来主義」の小説を読み解くのだが、そのうちの"Spider the Artist"にゾンビが出てくるらしい。
ジェンダー系の論文は評論しながら気候変動や異性愛規範批判に色々と欲張りで困る。
幽霊の帰還: 非比喩的な幽霊、モンスター、幽霊学
アラート日付:3月5日
原題:A Spectral Return: Non-Metaphorical Ghosts, Monsters, And Hauntology
掲載:William & Mary Scholar Works
著者:Kit Bauserman
ジャンル:文学
「-narrative」および「-philosophical」、「-drug」で排除。幽霊学なるジャンルを定義し、文学における幽霊の表象を読み解く論文。その中でほかのモンスター、たとえばゾンビに触れることもあるのだろう。
私がゾンビでやっていることによく似ている…のだろうか。親近感は湧く。だが、ジャンルは文学にしておく。
ゾンビ黙示録における人種: ジャスティナ アイルランドの恐怖国家を教える
アラート日付:3月9日
原題:Race in the Zombie Apocalypse: Teaching Justina Ireland's Dread Nation
掲載:Teaching Black Speculative Fiction
著者:Michael Patrick Hart
ジャンル:黒人学
「-gender」および「-narrative」で排除。Justina Ireland作の『Dread Nation』という南北戦争で死亡した兵士がゾンビとして組成する小説の評論。
イニティ・セ・フォス:ヒーローとハイチ
アラート日付:3月9日
原題:INITE SE FÒS: HEROES AND HAITI
掲載:CST online
著者:Melissa Beattie
ジャンル:評論(ポストコロニアル批評)
「-narrative」および「-gender」で排除。『Heroes』というドラマの評論。このドラマに「ハイチ人」と国籍名で呼ばれたキャラクターが出ており、しかも決して口を利かずに黙って命令に従うというハイチ・ゾンビを彷彿とさせるキャラクター像だったらしい。
『ラスト・オブ・アス』と現実の真菌パンデミックの問題
アラート日付:3月9日
原題:The Last of Us and the Question of a Fungal Pandemic in Real Life
掲載:Emerging Infectious Diseases
著者:Georgios Pappas と Georgia Vrioni
ジャンル:医学
「-drug」および「-narrative」、「-network」で排除。『ラスト・オブ・アス』という菌類によるゾンビパンデミックを描いたドラマが起こる可能性を検討し、(しかし可能性は低いと結論し、)ドラマが現実の人間の世界観、特に真菌・真菌感染症・パンデミックへの対応に与えた影響を述べる。
真菌類によるゾンビといえば、ゾンビアリ。以下の記事でゾンビアリを学術的観点で解説しているので、興味のある方は読んでいただきたい。
スザンヌ・コリンズの『ハンガー・ゲーム』三部作とM・R・キャリーの『ディストピア パンドラの少女』における希望と英雄主義の環境的背景
アラート日付:3月9日
原題:The Environmental Context for Hope and Heroism in Suzanne Collins' The Hunger Games Trilogy and M. R. Carey's The Girl with All the Gifts
掲載:Heroic Girls as Figures of Resistance and Futurity in Popular Culture
著者:Ildikó Limpár
ジャンル:ジェンダー学
「-narrative」で排除。タイトルにもある映画二作の評論。うち、『ディストピア パンドラの少女』がゾンビの出てくる映画であるため、検索に引っ掛かった。
「インサイド・アウト・オブ・マインド」: 代替現実、認知症、グラフィック・メディスン
アラート日付:3月9日
原題:“Inside Out of Mind”: Alternative Realities, Dementia and Graphic Medicine
掲載:Journal of Medical Humanities
著者:Laboni Das と Sathyaraj Venkatesan
ジャンル:看護学
「-narrative」、「-philosophical」で排除。タイトルに「認知症」とあることから、認知症患者をゾンビに喩える文言があると推測する。
危機と帝国後の遺跡: 帰属、喪失、正義
アラート日付:3月9日
原題:Crisis and Postimperial Remains: Belonging, Loss, Justice
掲載:Postcolonial Theory and Crisis
著者:Paulo de Medeiros
ジャンル:評論(ポストコロニアル批評)
「-gender」および「-narrative」、「-philosophical」で排除。ゾンビが出てくるフィクション作品の評論…?らしい。
最後に
検索条件1は情報工学、医学、生物学が一件ずつだった。
スマホゾンビと認知症患者は以前にも何度か扱ったことがある。一方でゾンビワームは恥ずかしながら今回初めて聞いた。日本語の記事もたくさんあるし、紹介する本もあるようだ。
もくじを見てみると、第四章「一番深いところのものたち」の中で「メスばかりの眼のないゾンビ・ワーム──オセダックス」という節がある。それ以外にも、第三章に「海のゾンビ」、第六章に「不死のクラゲ」などゾンビ的に興味を引く節もある。
きっと、ゾンビワームの解説記事はいずれ作らなければならない。生態とか風貌とかは学者やサイエンスライターに任せておけばよい。私がしなければならないのは、いつ見つかり、いつからゾンビの名を冠するようになったのか、だ。上記の本はその助けになるはずだ。買わねば。
しかし、今回はねらいの論文がなかった。