2023/11/02(木)のゾンビ論文 各国インターネットのゾンビ陰謀論調査

ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。

アラートの条件は次の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -botnet -xylazine -biolegend -gender」

  2. 「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」

  3. 「zombie -firm -xylazine -biolegend」(取りこぼし確認)

検索条件は次の意図をもって設定してある。

  • 「zombie」:ゾンビ論文を探す

  • 「-firm」:ゾンビ企業を扱う経済学の論文を排除する

  • 「-philosophical」:哲学的ゾンビを扱う哲学の論文を排除する

  • 「-DDoS」/「-botnet」:ゾンビPCを扱う情報科学の論文を排除する

  • 「-xylazine」:ゾンビドラッグに関する論文を排除する

  • 「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬を使う医学の論文を排除する

  • 「-gender」:ジェンダー学の論文を排除する

また、検索条件3では、上記の検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないかを確かめる。

今回、それぞれのヒット数は以下の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -botnet -xylazine -biolegend -gender」三件

  2. 「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」三件

  3. 「zombie -firm -xylazine -biolegend」五件(差分二件)

検索条件1,2は衛生学、医学、評論、が一件ずつであり、ねらいの論文が見つかった。


検索条件1「zombie -firm -philosophical -botnet -xylazine -biolegend -gender」

マールブルグウイルスの発生と新たな陰謀論: ウェブ行動の包括的な分析からの発見

一件目。

原題:Marburg Virus Outbreak and a New Conspiracy Theory: Findings from a Comprehensive Analysis of Web Behavior
掲載:preprint
著者:Nirmalya Thakurを筆頭著者として、八名
ジャンル:衛生学

アブストラクトからこの論文の主旨を端的に表した文章を引用する。

The recent outbreak of the Marburg Virus disease (MVD), the high fatality rate of MVD, and the conspiracy theory linking the FEMA alert signal in the United States on October 4, 2023, with MVD and a zombie outbreak, resulted in a diverse range of reactions in the general public which has transpired in a surge in web behavior in this context. This resulted in “Marburg Virus” featuring in the list of the top trending topics on Twitter on October 3, 2023, and “Emergency Alert System” and “Zombie” featuring in the list of top trending topics on Twitter on October 4, 2023. No prior work in this field has mined and analyzed the emerging trends in web behavior in this context.
(最近のマールブルグ病 (MVD) の発生、MVDの高い致死率、2023 年 10 月 4 日に米国で発せられた FEMA の警報信号と MVD およびゾンビの発生を結びつける陰謀論は、一般大衆にさまざまな反応をもたらし、この文脈でのウェブ行動の急増が起こった。その結果、2023 年 10 月 3 日には「マールブルグ ウイルス」がTwitterのトップ トレンド トピックのリストに掲載され、2023 年 10 月 4 日には「緊急警報システム」と「ゾンビ」が Twitter のトップ トレンド トピックのリストに掲載されました。この文脈でウェブ行動の新たな傾向を掘り起こし、分析したものはこの分野の先行研究にありませんでした。)

同論文より

マールブルグ病(MVD)という感染性の病気があるらしい。厚労省や国立感染症研究所のHPにも載っている。

そのマールブルグ病が、The Federal Emergency Management Agency (FEMA)(連邦緊急事態管理庁)から今年の10/4に発せられた警報(探したがそれらしいものが見つからなかった)と結びつき、ゾンビが発生したという陰謀論にまで達した、と。

そして、この論文ではインターネットにおけるマールブルグ病とゾンビそれぞれのトレンドを分析し、この二つが陰謀論的に結びついているかどうかを調査している。

悩む。この論文が、本物のゾンビを扱っても意味が通るものである…と判定するかどうかを、悩んでいる。まずマールブルグ病が興味の根幹にあり、ゾンビの発生は陰謀論≒胡乱な根拠しかない集団妄想であると書いてあるように見える。これをそのまま読むと、ゾンビをしっかりとフィクションの産物として定義しているように思えて、本物のゾンビにしてはならない。

ただ、「ゾンビの発生」を別の感染症、たとえば「エボラの発生」とか「黒死病の発生」に置き換えても意味は通る。要は陰謀論の中身を「ゾンビの発生」ではなくて、「何か恐ろしい感染症の発生」とちょっとだけ抽象化すれば本物のゾンビと仮定しても何ら矛盾はないのだ。

最近望みのゾンビ論文のヒットが全くなかったし、甘めに見て本物のゾンビを仮定しても矛盾しない論文、としておくか。ということで、これをもって今回のアラートチェックは「大当たり」とする。

だが…あまり読みたくないなあ。55ページもあるし、ジャンルは衛生学のようだが分析手法は情報科学・情報工学のそれだ。なんかアルゴリズムのフローチャートとか20ページ超の分析結果とかあるし。きついんだよな、これ。


肺胞タンパク質症 (PAP) 患者の全肺洗浄 (WLL) 液のフローサイトメトリー評価: 予備的所見

ニ件目。

原題:Flow cytometric evaluation of whole lung lavage (WLL) fluid from patients with pulmonary alveolar proteinosis (PAP): preliminary findings
掲載:European Respiratory journal
著者:Lutz-Bernhard Jehnを筆頭著者として、九名
ジャンル:医学

"zombie UV"という文字列があったため、ゾンビ試薬に関する論文。実験に使った試薬の販売元くらい書いてほしいが…。もしかして"CD4+ T cell"を排除の検索キーワードにした方が良いのだろうか。

ジャンルは医学。ゾンビ試薬が出たら必ず医学にしている。


マイケル・ウェックスのために、タルマディ ブルース II

ニ件目。

原題:TALMUDY BLUES II For Michael Wex
掲載:New Explorations: Studies in Culture and Communication
著者:Adeena Karasick
ジャンル:評論(書評)

ええっと…まず、論文と呼ぶよりも詩と呼んだ方が適切な気がする。で、タイトルの「Michael Wex」というのが誰かというと、この論文の次のページの論文の著者である。

どういう意味かというと、論文というのは通常学術誌に連続的に掲載されている。ゆえに、ある論文を引用する際には掲載誌名、ナンバー、ページ数を書くことが通例になっている。たとえば、この論文は掲載誌が『New Explorations: Studies in Culture and Communication』で、ナンバーがVol.3 No.2、ページ数がpp 28-31である。Vol.3 No.2というのは2023年のナンバーがVol.3で、その中で二回目に刊行されたものという意味だろう。月刊雑誌の2023年4月号とか、週刊雑誌の2023年42号とかと同じ意味だ。

で、同ナンバーのpp32に掲載されている論文の著者がMichael Wexなのである。また、pp30に掲載されている論文では、本論文の著者であるAdeena Karasickの作品(これらも詩?)のレビューを行っている。

アーティストたちが連鎖してお互いの作品のレビューを行っているようなのでジャンルは評論。詳細には書評だろうか。ただ、今回紹介した論文だけはそのまま詩であるから、そうしてよいものか自信はない。英語の詩の読み方も自身ないし…。

zombieの単語は"a zombie economy"(ゾンビ経済)という文字列で出てくる。ただ、詩の中で使われるうえに、Michael Wexへ向けた意図が読めない。


検索条件1-2の差分(差分なし)

「DDoS/botnet」で検索結果に差異が生じるか調べる。

差分はなかった。



検索条件4「zombie -firm -xylazine -biolegend」

上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビドラッグ、ゾンビ試薬は排除されるように設定してある。

二次元ゾンビ議論の分析と弁護

原題:An Analysis and Defence of the Two-Dimensional Zombie Argument
掲載:The University of Sydneyに提出された修士論文
著者:Jiahao Wu
ジャンル:哲学

「-philosophical」で排除。哲学的ゾンビに関する論文。タイトルの「二次元」は二元論の意だろうか。


意識状態の質的性質について: 心と意味の構造主義理論からの洞察

原題:On the qualitative nature of conscious states: Insights from a structuralist theory of mind and meaning
掲載:Anthropology of Consciousness
著者:Carles Salazar
ジャンル:哲学

「-philosophical」で排除。哲学的ゾンビを扱う論文。哲学的ゾンビについてかみ砕いて説明された箇所があるため、引用する。

Chalmers argued that there is a possible world very similar to ours in which humans behave exactly as we do, but they are deprived of consciousness. For if it is true that all human behaviour can be accounted for in strictly physical terms, that is, by means of the neuro-chemical reactions that take place in the brain, there does not seem to be any causal role for consciousness in the production of that behaviour. Consequently, I can imagine a doppelgänger of me who behaves exactly as I do, pronouncing the same words, with the same facial expressions, etc., but who is totally unconscious (my zombie twin).
チャーマーズは、人間が意識を奪われながらも人間が我々と全く同じように行動する、我々の世界と非常によく似た世界が存在する可能性があると主張しました。 なぜなら、すべての人間の行動が厳密に物理的な現象、つまり脳内で起こる神経化学反応によって説明できるのが本当であれば、その行動を生み出すことに関して意識に因果関係はないとは思えないからです。 その結果、私は、私とまったく同じように行動し、同じ言葉を発音し、同じ表情などをしているが、完全に意識を失った私のドッペルゲンガーを想像することができます(私のゾンビの双子)。)

同論文より

Chalmersが意識のないドッペルゲンガーを思考実験し、それがゾンビの双子とかゾンビ思考実験とか呼ばれ、一般的には哲学的ゾンビと呼ばれるようになった。

哲学的ゾンビの存在に対して物理学者のPenroseが反論する。ちなみに、ペンローズはめちゃくちゃすごい物理学者である。

But surely that cannot be the case, following Penrose's line of reasoning. For if it is consciousness that enables me to produce behaviours in which there is no algorithmic relationship between stimulus and response, the behaviour of my zombie twin would certainly be very different from mine. The assumption here is that my zombie twin works by means of a sophisticated computer program.
(しかし、ペンローズの論理に従えば、決してそうではありません。 なぜなら、刺激と反応にアルゴリズム的な関係がないような行動をさせるのが意識であるならば、私の双子のゾンビの行動は間違いなく私のものとは大きく異なるはずだからです。 ここでの前提は、私の双子のゾンビが洗練されたプログラムによって機能しているということです。)

同論文より

まず、行動(たとえば、見た目や振る舞い)は同じだが、意識や心といったものを持たない存在が哲学的ゾンビである。それは人間が「洗練されたプログラムによって機能」することで再現できる。

Chalmersの思考実験は、脳へ刺激が入力されたとき、あるアルゴリズムに従って反応が出力され、何かしらの行動を生み出す、という過程を考えた時、意識の有無にかかわらず同じ行動が生み出されるのだから、人間と哲学的ゾンビは区別することができないとする。一方でPenroseは刺激→反応の入出力がアルゴリズムに従わない場合は意識の介在があるために、人間と哲学的ゾンビは区別できると主張する。ただ、アルゴリズムに従わないと判断ケースも、「通常のアルゴリズムに従わないというアルゴリズム」と解釈すればよく、その反論には弱いらしい。

面白い。



まとめ

検索条件1,2は衛生学、医学、評論、が一件ずつであり、ねらいの論文が見つかった。

MVDの論文を読むのはかなり骨が折れそうだと思う反面、メディアの横断的な分析には前々から興味があった。なぜアメリカやヨーロッパ各国ではゾンビが人気なのか。なぜ日本では人気が下火になってしまったのか。そしてなぜ韓国ではゾンビブームが巻き起こっているのか(私が勝手に言っているだけだが)。これらの答えとして、国民性や文化の歴史がゾンビの市民権に深くかかわっていると考えており、それをひも解くにはどの地域でどの程度ゾンビが人気を博しているのか知っておく必要があるからだ。

そのために国別のゾンビ映画の製作頻度や年次推移などをまとめようと思っていたが、ゾンビが出ないのにゾンビ映画を語るものはざらにあるし、ウケていないゾンビ映画をいくらカウントしても文化の歴史は見えてこないという問題があった。たとえば、日本でゾンビ映画と言えば『Zアイランド』や『アイアムアヒーロー』、『カメラを止めるな』くらいしか市民権を得ておらず、『ゾンビアス』や『ゾンビデオ』、『新選組オブ・ザ・デッド』などはほとんど知られていない。漫画アニメ作品だと『がっこうぐらし!』や『ハイスクールオブザデッド』、『ゾン100』などあるが…。

ということで、まずは各国のゾンビ事情について大雑把な傾向をつかむ必要があった。その目的に今回の論文はうってつけというわけだ。読むのはかなりしんどそうだし、何なら今まで見つけたねらいの論文もろくに読んでいないが…。

ということで、今回はねらいの論文があった。


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