2024/3月第二週のゾンビ論文 新しく定義されたゾンビ細胞
本物のゾンビについて書かれた論文を探すべく、Googleスカラーのアラート機能を使い、ゾンビについて書かれた論文を収集している。
アラートの検索条件は次の通り。
「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」
「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)
「zombie」をキーワードにゾンビ論文を探しているのだが、比喩としてゾンビを使う論文も多いため、「-◯◯」で比喩としてのゾンビを扱うが論文を排除している。排除したいゾンビや論文は、以下の通り。
「-firms」:ゾンビ企業
「-philosophical」:哲学的ゾンビ
「-drug」:ゾンビドラッグ
「-network」:情報科学系の論文ならなんでも
「-DDoS」:ゾンビPC
「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬
「-gender」:ジェンダー学系の論文ならなんでも
「-narrative」:ゾンビ映画・小説などの評論
検索条件1には一般性の高い排除キーワードが含まれているため、それらが不必要にゾンビ論文を排除していないかを条件2で確かめる。
今回、3/11~3/17の期間で収集し、以下の通りの論文を得た。
「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」二件
「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」十件(検索条件1との差分は五件)
検索条件1は情報科学、生物学、評論、経済学が一件ずつだった。
検索条件1「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」
Android ベースの FPS ゲーム「Left Behind」の開発におけるビジュアル スクリプティング Unreal Engine 5 の使用
一件目。
アラート日付:3月12日
原題:The Use Of Visual Scripting Unreal Engine 5 In The Development Of An Android Based Fps Game "Left Behind"
掲載:eprints.uty.ac.id
著者:Joko Sutopo
ジャンル:情報科学
タイトルの通り、アンリアルエンジンを使ったゲーム開発のレビュー論文。もちろんゾンビを倒すゲームの開発である。その名を「Left Behind」という。
ジャンルは情報科学。
世界的に発生しているペラジファージ感染により、リボソーム欠乏細胞が生成される
二件目。
アラート日付:3月17日
原題:Globally occurring pelagiphage infections create ribosome-deprived cells
掲載:Research Square (Preprint)
著者:Jan D. Brüwerを筆頭著者として、七名
ジャンル:生物学
SAR11という細菌は、Pelagiphage(ペラジファージ)というウイルスに感染する。ペラジファージという名前は、SAR11がPelagibacterales(ペラジバクター目)とも呼ばれ、細菌に寄生するウイルスがファージと呼ばれるため、「ペラジ」に寄生する「ファージ」という意味だろう。
では、感染したSAR11はどのような特徴を発現するのか。答えは、ファージに感染したSAR11の細胞からはリボソームRNAシグナルが検出できなくなるのだろうだ。リボソームはDNAから作られるメッセンジャーRNAを翻訳してタンパク質の合成を促す役割を持っている。手段はともかく端的に言えばタンパク質合成を担っているため、そのシグナルが検出されないというのは緩やかな死に入っていると言ってもよいだろう。現にこの論文では、感染した細胞を生と死の過渡状態にあるとして「ゾンビ細胞」と名付けている。
また、似たような細胞としてghost cells(ゴースト細胞)にも触れ、その違いを述べてもいる。ゴースト細胞とは、陰影細胞や無核細胞とも呼ばれ、主に核が失われた細胞変性物のことである[細胞診用語解説集より]。
また、感染したSAR11の細胞はゾンビになりながらも完全に死んでしまうわけではないらしい。専門用語が多いので自信はないが…。もしそうであれば、この辺は生かさず殺さずの寄生の面白さを感じる。
ちなみに、アポトーシスが働かないまま傷ついても生き続ける細胞もゾンビ細胞と呼ばれるが、それとは別物らしい。紛らわしい。
ジャンルは生物学。専門的には環境微生物学とか海洋学とかに属するらしい。
終末世界の豊かさ: スノーピアサーと釜山行きの列車における社会構造としての富の力
三件目。
アラート日付:3月17日
原題:Affluence in a Post Apocalyptic World: The Power of Wealth as Social Structures in Snowpiercer and Train to Busan
掲載:Digital Patmos
著者:Jason Lee
ジャンル:評論(マルクス主義批評)
映画『スノーピアサー』と『新感染:ファイナルエクスプレス』の評論。タイトルの「釜山行き」というのは、『新感染:ファイナルエクスプレス』の原題。
列車映画に特化し、富の格差について論じる。列車映画に注目しているのは興味深いが、列車が舞台の映画はほかにも『カサンドラ・クロス』や『鬼滅の刃 無限列車編』、『オリエント急行』など多くあるので、チョイスに強い恣意性を感じる。というか、『新感染:ファイナルエクスプレス』は色んなところで批評されすぎではないだろうか。アジアのゾンビ映画だからこすりやすいのか?
ジャンルは評論。資本格差を論じているため、詳細にはマルクス主義批評。なお、「narrative」の単語があったにも排除されていなかった。
ウォーキングデット – 負債における所有権の道徳とその譲渡可能性について
四件目。
アラート日付:3月17日
原題:THE WALKING DEBT–ON THE MORALS OF OWNERSHIP IN DEBT AND ITS ALIENABILITY
掲載:Ontology of Finance
著者:Gloria xxx と Barry Smith
ジャンル:経済学?
内容不明。Googleスカラーがメールで送ってきたから掲載している。内容もわからないし著者名も片方読めなかったため、本来なら無視するべきなのだが、タイトルが面白かったので掲載した。だって"Walking Debt"(ウォーキング・デット、歩く負債)だもの。
ジャンルは経済学で間違いないと思う。
検索条件2「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS -Chalmers」
上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビドラッグ、ゾンビ試薬、ゾンビPC、哲学的ゾンビは排除されるように設定してある。
大いなる力には大いなる飢えが伴う:マーベル・ゾンビはスーパーヒーローの比喩のパロディ
アラート日付:3月12日
原題:With great power comes great hunger: Marvel Zombies as parody of the superhero trope
掲載:Journal of Graphic Novels and Comics
著者:Micael J. Burke
ジャンル:評論(文化批評)
「-philosophical」および「-narrative」で排除。『マーベルゾンビーズ』という、ゾンビ化したマーベルヒーローを描くアメコミの評論。ヒーローの超常的な力は怪物と紙一重であり、『マーベルゾンビーズ』はその怪物への立ち返りを描く作品である…とのこと。
「私たちが新しい人々になる前の抜粋」叫びの夜:ラテン系ホラーストーリー
アラート日付:3月12日
原題:"Excerpt from Before We Became a New People" in A Night of Screams: Latino Horror Stories
掲載: Night of Screams : Latino Horror Stories
著者:Ivelisse Rodriguez
ジャンル:小説
「-gender」および「-philosophical」、「-network」で排除。ラテン系ホラー小説のオムニバス本に収録されている。タイトルの「新しい人々」というのがゾンビを指すと推測。『アイアムレジェンド』を彷彿とさせるタイトルだ。
新たな擾乱レジーム下における北極のメタン放出:永久凍土の融解、降水量の変化、泥炭火災の相互作用
アラート日付:3月12日
原題:Arctic methane emissions under novel disturbance regimes: interactions between permafrost thaw, changing precipitation, and peat fires
掲載:EGU General Assembly 2024
著者:Merritt Turetsky
ジャンル:環境学
何で排除されたか不明。大気中へのメタン放出についての学会発表で、雪の下でメタンを燃料に細々と燃え続け、春になると山火事を引き起こすゾンビ火災についても触れている。
偽物か、侵害か? Federated Learning で悪意のあるクライアントを理解する
アラート日付:3月15日
原題:Fake or Compromised? Making Sense of Malicious Clients in Federated Learning
掲載:arXiv
著者:Hamid Mozaffari と Sunav Choudhary、 Amir Houmansadrの三名
ジャンル:情報科学
「-network」で排除。Federated Learning(連合学習)という機械学習は複数のデバイスを使って学習を行うのだが、その中にウイルス感染したデバイス…zombie device(ゾンビデバイス)があった場合にどうなるかを解説する。
ゾンビデバイス=悪意のあるクライアント=偽物=侵害である。ただ、「偽物」は単に「人間ではない」という意味でゾンビであり、「侵害」は「(操られて)人間に害を及ぼす」という意味でゾンビである。ちょっとずつ意味が違うのは興味深い。
血まみれのペチコート: セス・グレアム=スミスの『高慢と偏見とゾンビ』における女性殺人者の演技的な怪物
アラート日付:3月17日
原題:Bloody Petticoats: Performative Monstrosity of the Female Slayer in Seth Grahame-Smith's Pride and Prejudice and Zombies
掲載:Humanities
著者:Michelle L. Rushefsky
ジャンル:評論
「-narrative」および「-gender」で排除。『傲慢と偏見とゾンビ』の「女性殺人者」に関する評論。どういう論を展開するのか知らないが、とにかく『傲慢と偏見とゾンビ』をフェミニズム的観点から論じた論文は非常に高い頻度で目にする。
医学出版物の不正行為
アラート日付:3月17日
原題:Fraud in Medical Publications
掲載:Anesthesiology Clinics
著者:Consolato Gianluca Nato と Federico Bilotta
ジャンル:医学
「-narrative」および「-drug」で排除。不正な、あるいは誤ったと判明した後も周知されない論文を示す"zombie papers"(ゾンビ文献)に関する論文。医学分野でばかりゾンビ文献やゾンビデータがヒットするが、なぜだろう。医学分野だとみんな張り切って捏造したがるわけもないだろうし。
バンカーメディア: 豊富で冗長な地下からの物語
アラート日付:3月17日
原題:Bunker media: stories from the abundant and redundant underground
掲載:Culture, Theory and Critique
著者:Greg Elmer と Stephen J. Neville
ジャンル:メディア学
「-narrative」および「-network」で排除。「ディーフェンバンカー」という、冷戦時代にカナダに作られた核シェルターがある。地下のシェルター生活は、核の脅威からは逃れられる手段になるが、メディア不足になり、シェルター生活そのものが唯一のメディア(=コンテンツ?)になってしまうという。現在はディーフェンバンカーは博物館として利用されており、参加型の遊びや楽しみを取り入れた娯楽施設になっているという。その遊びの中にゾンビもあるため検索に引っ掛かった。
最後に
検索条件1は情報科学、生物学、評論、経済学が一件ずつだった。
興味を引いたのはゾンビ細胞だけだった。ゾンビ細胞と言えば上述の通りアポトーシスが働かないまま傷ついても生き続ける細胞のことだが、それを知っていてなおゾンビ細胞と名付けたのだろうか。ゾンビ細胞が出てくるのはハダカデバネズミの研究が主であるから、海洋生物学が専門だったら知らないこともあるかもしれない。
だが、それでも探さないだろうか、「誰かがゾンビ細胞ってすでに使ってるかもな~」と思わないのだろうか。今回紹介したのはpreprintだから、もしかしたら正式な査読論文ではゾンビ細胞がまるっと消えているかもしれない。「調子に乗ってゾンビ細胞とか書いちゃったけど、さすがにまじめな論文ではやめとくか…」と思うかもしれない。実際、アポトーシスの方のゾンビ細胞は正式名称を老化細胞と言い、ゾンビ細胞という名称は査読論文ではあまり使わない傾向にあるらしい。
その辺の温度差を知りたいところだが。
今回はねらいの論文がなかった。