『孤独のグルメ』の影響力を調べてみるーーこれ、化物だわーー
■『孤独のグルメ』の影響力は今
テレビ東京系列に『孤独のグルメ』というテレビドラマがある。金曜深夜24時過ぎのコンテンツ。
内容は、俳優の松重豊氏演じる井之頭五郎が、仕事の合間に飲食店へ立ちより、ブツブツひとり言を(心の中で)言いながら食事する、というもの。
たんたんとしたストーリー展開にもかかわらず、今年2022年でシーズン10というから、人気のほどがわかる。
実際、その影響力については、過去に何度も話題に。
いわく、放送翌日には、ドラマ内の飲食店に長蛇の列ができたとか、あまりに客が押しよせて常連客が入れなくなったとか。
元テレビ東京プロデューサー佐久間宣行氏がたまにラジオで語っている、五反田『食堂とだか』のエピソードはよく知られているかもしれない。
『食堂とだか』がとりあげられたのは、2017年6月30日の回。確かにその頃は、テレビの影響力が強かった。
それから早5年。
総務省のデータによると、全世代で年々インターネットの利用時間が増えている。
いわゆる「Z世代」と呼ばれる10代・20代にかぎるなら、テレビのリアルタイム視聴時間の、1.5倍の時間をネット上で過ごしている(2020年)。
私の体感でも、「テレビは1秒も観ない。ていうか、テレビ自体が家にない。観るのはYouTubeやネットフリックス」という人間が周囲に多くなってきた。
人が動画コンテンツに費やす時間を一定とするなら、ネット動画の視聴時間が長くなるにつれ、テレビの視聴時間は短くならざるをえない。当然、それは影響力の強弱にもつながるだろう。
ということは、だ。
テレビの影響力が弱まるにつれ、『孤独のグルメ』の影響力も弱くなっているのではないか、という推論がなりたつ。
もしこの推論が正しければ、『孤独のグルメ』ファンにとってはうれしい知らせだ。
なぜなら、井之頭氏が「ほー。こういうのでいいんだよ、こういうので」とほくほく顔で食べていた料理を、行列に並ぶことなく食べられるかもしれないのだから。
というわけで、こんな仮説をたててみた。
仮説:『孤独のグルメ』の影響力は、すっかりおとろえている。
■仮説を検証しようとしたのだが
もしこの仮説が正しければ、放送後に客数が爆発的に伸びる現象は起こらないはず。
つまり放送前と放送後、2つの時点での客数を数えればよい。行列ができているなら、並んでいる人数だ。
ただ、問題がある。
「放送前の客数」を把握するのが、きわめてむずかしいのだ。
というのも、『孤独のグルメ』がどの飲食店をとりあげるかは、放送されるまでシークレット。
ヒントは存在する。
前週に放送される予告編と、予告編が流れた直後に公式HPへアップされる30秒動画&あらすじが、それだ。
この段階では店名は公表されず、料理名らしきものと大ざっぱな地名がわかるのみ。
それにもかかわらず、熱烈なファンは数時間後には店名を特定してしまう。さっそく翌日に「巡礼」する人もいるだろう。
要するに、「放送前の客数」といいつつ、予告編を見て食べにきた客も交じっているのではないかという疑いをぬぐいきれない。
理想をいえば、まだロケすら行われていない段階、なんだったら企画会議で決定した瞬間に店名を入手し、客数を数えにいきたい。
だがそうしようとすると、番組スタッフさんの頭にマイクロチップを埋めこむか、テレビ東京のマザーコンピュータへ侵入するほかない。
さすがに、ハードルの高すぎるミッションだ。
したがって放送前の客数にかんしては、数字が甘くなるのを許していただきたい。
とにかく、私がターゲットに選んだ回は12月16日放送予定の第11話『豚×塩わさび』。
以下が予告編。あなたはこの動画を見て、店名までたどりつけるだろうか?
動画内に出てきた千葉県旭市はここ。
私は12月9日の夜、予告編を見終えると同時に、Google検索とGoogleストリートビュー、食べログなどを駆使し、4時間かけてそれらしきお店にたどりつくことができた。
どうやら『レストラン バイキング』さんのようだ。
こちらのお店、ランチはしておらず、営業は17時〜
最寄りは旭駅。時刻表を調べてみる。
なんと1時間に1、2本しか電車がない。
だが、これだけ交通の便が悪ければ、客が押しよせることはないと思われた。そもそも今の段階では、予告編が流れただけだし。
放送前の客数を、かなり正確にはじきだせそうだという期待を胸に、翌12月10日の14時半に、私は東京の自宅を出発した。
16:57に旭駅に到着。
『孤独のグルメ』に登場するお店は、駅からかなり離れているケースが多いが、こちらのお店は、Rettyによると駅から徒歩5分。
写真を撮りつつのんびり歩いても、10分かからなかった。
やはり行列はない。
私「すみませーん。1名なんですが。こちらのお店、豚肉がおいしいって評判を聞き……」
女性スタッフさん「ごめんなさい。もう予約でいっぱいで」
私「はい?」
状況を教えていただいた。
もうじき『孤独のグルメ』公式HPに「お店からのお願い」が出て、そこに書いているけれども、基本的に完全予約制。
予約のないお客さんはすべてお断りしている。
この日17時の開店前に、すでに3名が並んでいた。本来ならお断りするのだが、本放送前で「お店からのお願い」がまだアップされていないこともあり、特別にOKした。
とのこと。
間違いなく予告編を見て来店したであろう、先客3名さんは、このとき店内のテーブルに着き、料理を待っていた。
(2時間半かけ、千葉県を横断して、これか……)
腰からくずれそうになるのをこらえ、私は女性スタッフさんへたずねた。
私「予約制って……僕が今、予約することは可能ですか?」
女性スタッフさん「いつでしょう?」
私「できれば、12月16日放送の翌日がいいです。17日の土曜17時で」
女性スタッフさん「何名様ですか?」
私「僕1名です。『孤独のグルメ』ですから」
女性スタッフさん「はあ。今ならとれますけど」
私「マジっすか!」
これが予告編の放送された、次の日の状況だ。短い予告動画が流れただけ、である。
(じつはこの日の訪問前、私は予約を試みていた。だが、営業時間の17時以降しか応答できないらしく、つながらなかった。またこの段階では、バイキングさんのHPでは「火水のみ予約必要」となっていた。そのため、予約なしでの土曜訪問となってしまった。)
■「第11話 千葉県旭市の塩ワサビの豚ロースソテー」放送翌日の状況は?
翌週、再び2時間半かけてバイキングさんへ向かう。もちろん前日深夜に「第11話 千葉県旭市の塩ワサビの豚ロースソテー」の回を観ている。
少し早めに行って、明るいうちに看板を撮らせていただいた。
16:58に入店。
俳優・諏訪太朗氏がその役を演じるのもわからないでもない、福々しい体形のマスターと、先週も応対してくれた女性スタッフさんに迎えられる。
案内されたテーブルの、隣のテーブルにはもう1組のお客さん(1名)。
あとで話したら、やはり『孤独のグルメ』ファンのようだ。
井之頭氏が注文したものと同じ「塩ワサビ ロース肉(厚切り)野菜添 ライスセット」をオーダー。
メインは20分ほどで来た。
これだ。
感想を簡単に。
豚肉がほんとに分厚い。2センチはある。地元で飼育され、芋で育てられたいも豚らしい。
ライスは粒が立って、甘い。こちらも地元、というか常連さんの田んぼでとれたお米らしい。そりゃうまいはず。
都内で2700~3500円ほどで提供されているとんかつと、同じおいしさレベルだと私は感じた。それを1500円で食べられるのだから、コスパは驚異的。
井之頭氏の感想に、心から同意したい。
客数の話にもどろう。
私が店内にいた16:58~18:47の間(109分)に、6組のお客さんが来店し、「入れますか?」「ご予約のお客さまですか?」「違います」「ごめんなさい。ご予約のないお客さまはお断りしてるんですよ」のやりとりがあった。
電話は鳴りっぱなしではないが、10分に1回はかかってきていたと思う。
だが女性スタッフさんの話によると、これでも少なくなったらしい。ピークは予告編が放送された翌日。電話がすごかったとおっしゃっていた。
問い合わせが若干だが少なくなったのは、おそらく『孤独のグルメ』公式HPに、
完全予約制
1日2組限定
予約は2週間先まで
常連さんを優先したい
行列は遠慮していただきたい
という「お店からのお願い」がアップされたせいと思われる。
つまり、『孤独のグルメ』ファンの方々は、だいたいにおいてマナーがよいということになるのだが、とにかくこれが本放送翌日の状況だ。
マスターに放送前の状況をうかがった。
『孤独のグルメ』にとりあげられる前から常連さんでにぎわっていたものの、予約がとれないということはなかった、行列もない、との回答をいただく。
常連さんともお話しすることができた。
かなりご高齢のマスター。今年9月に足を手術し、そのため1日2組に限定しているらしい。
「だったらテレビに出なきゃいいじゃん」と常連さんが聞いたところ、マスターは『孤独のグルメ』の大ファンらしく、「冥途のみやげに」(マスターご本人談)にお店がとりあげられるのをOKしたそう。
ここまで読まれた読者は、マスターをよぼよぼのおじいさんと想像したかもしれない。もしそうなら、誤解させてしまった。
厨房から出たり入ったり、常連さんとワイワイされている姿は元気そのもの。このレストランが、地元の方たちが気軽に「たまれる」社交場になっているのがよくわかった。
(町内会で祭の話し合いをしたあと、皆さんでこちらへ集まって騒いだりもするのだと、常連さんがおっしゃっていた)
私はマスターや女性スタッフさん、5人ほどいらっしゃった常連さんに礼をいい、腹いっぱいになって店を出た。マスターが店の外まで見送りに。
「いいです、いいです、中へ戻ってください」と私が言うと、マスターはこうおっしゃった。
「わたしはいつも、お客さんが角を曲がるまでお見送りするんです。ドラマの中で、わたし役の諏訪さんがされていたとおりに」
※ドラマ内に、マスター(諏訪氏)が店前で井之頭氏をお見送りするシーンがある。
■グダグダの結論と、せめてもの補足
放送前と放送後、それぞれで客数や行列の人数を数えるという手法が、浅はかだったことは素直に認めたい。
『レストラン バイキング』さんの例でいうと、「完全予約制」&「並ばないでほしい」と言われている以上、行列などできるわけないし、行列を作ってはならないからだ。
だが、放送前の状況をうかがうことはできた。また私自身の目で、放送後の状況を確認することもできた。結果、こう結論せざるをえない。
仮説:『孤独のグルメ』の影響力は、すっかりおとろえている。
結論:いいえ。あいかわらず、『孤独のグルメ』の影響力は化物です。
だが読者の中には、こう考える人がいるかもしれない。
「豚ロースステーキっていう、肉好きがとびつく回だから、反応がよかったんだろ? たまたまだよ。テレビの影響なんて、1、2週間でおさまるさ」
お答えしよう。
11月4日金曜日放送「第5話 千葉県柏市鷲野谷のネギレバ炒と鶏皮餃子」を出す『いづみ亭』さんのケース。
私が調べたのは12月18日日曜。放送から約1ヶ月半後。
こちらは予約不可。ということは、いきなりお店へ行くしかない。つまり、行列ができている可能性がある。
ただ、ある意味、バイキングさんより交通の便が悪い。なんせ土日はバスが1時間に1本あるかないか。行列ができるほどの客数は、さすがに来ないかも。
千葉県の柏駅からバスに乗り、約30分……
気温9度で天気も悪い中、開店10分前の状況がこれ。
11時半の開店時には、合計23人が並んでいた。
1回転目では入れなかったが、20分ほどで無事入店。井之頭氏が頼んだのと同じ「ネギレバ炒と鶏皮餃子」をオーダー。
レバーの臭みなし、コクあり。ネギの甘みあり。餃子めちゃめちゃうまい。
会計時のわずかな隙に、店員さんにお聞きした。
【放送前】:以前からこんでたけど、行列ができるほどじゃない
【放送後】:平日は開店1時間前、土日は1時間半前からお客さんが並んでいる。
とのこと。
仮説:『孤独のグルメ』の影響力は、すっかりおとろえている。
結論:いいえ。あいかわらず、『孤独のグルメ』の影響力は化物です。
※デイリーポータルZ編集部I氏のアドバイスを受けて、調整した箇所があります。ありがとうございます。もちろん、データの読み方に誤りがありまたら、私の責任ですので。