
慟哭
206年は、ノーラノーツ家にとって忘れられない一年です。
リンヌエルが父ダニエルに朝の挨拶をすると、いつもの明るい笑顔の代わりにぼんやりとした挨拶が返ってきました。
明らかに様子がおかしい。
そういえば今朝の朝食を、父はきちんと食べていませんでした。まれに朝食が消える現象が起こるエルネアですので、食べているものと思い込んでいたのですが……
どうしよう、どうしよう。
つい先日、父は21歳の誕生日を迎えたばかりでした。熟年に入り、いつ亡くなってもおかしくないのは確かです。でも父はまだ21歳で、もっと年を取った国民はたくさんいました。
いくらなんでも、あまりにも。
まだ猶予はあるはずーーそう信じました。信じたかった。
まだ小さいリンヌエルにとって、この世界は残酷でした。次の日の朝、父の傍には、黒い羽を持つ存在がふわふわと浮いていたのです。
最後の朝食の席で、父はそう言いました。
こんな日くらい、学舎の授業をサボりたい。父の願いを叶えてあげたい。けれど朝にお出かけの選択肢は出ず、何もできないリンヌエルは泣く泣く授業に出席しました。
よりにもよって、今日の授業は魂の行く末の話でした。父の清い魂は、ナーガ様によってガノスに運ばれていくのでしょうか。
授業の後、すぐさま自宅に戻ったリンヌエル。父は辛そうで、とてもじゃないですが外に出かけられるような状態ではありませんでした。
何もできず、痛みを軽くしてあげることもできない。リンヌエルは、旅立つ瞬間まで父の側にいることしかできませんでした。
刻一刻と迫るその時を、父の側で見守ります。
夜一刻、妻と六人の子どもに見守られながら、父は逝きました。
泣きながら母と共に眠りにつき、次の日の朝に父がいない現実と向き合いました。
父は、もうこの世のどこにもいません。
母の右隣の席が、埋まる日はもう来ないのです。
いつも優しかった父は、愛してくれたダニエルは、もういません。
もっとお出かけをすれば良かった。もっと話をすれば良かった。あの時にあんな風に甘えてくれたのは、きっとこんな風に早く逝ってしまうとわかっていたからじゃないか。もっと気にかけてあげたら何か変わっていたんじゃないか。
もっと、もっと、もっと……
どれだけ後悔しても、時は戻りません。
享年21歳、ダニエル・ノーラノーツは最後の試合に出場することなく、その生涯を終えました。