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ウイスキーを女性に喩えるシリーズ #19(アラン10年)

『思考の調律師』


静かな夜、グラスに注がれた琥珀色の液体は、まるで遠い島からやってきたひとりの女性のようだった。

アラン、と彼女は名乗る。
10年もの歳月をひとつの島で過ごしたという彼女には、どこか懐かしさと未知の香りが同居していた。

「あなた、疲れてるのね」

彼女は微笑んだ。
声はしっとりと低く、深い森の奥でささやく風のようだ。
その言葉には優しさと洞察が入り混じり、まるで僕の心の中を覗き込んでいるようだった。

アランは、甘みと苦みの絶妙なバランスを内包している。
はじめは蜂蜜のようになめらかで、次第にシトラスの爽やかさが広がり、最後に鉛のような芯が残る。
それは、彼女が見せる柔らかな表情とその奥に潜む知的な瞳の光のようだ。

口に含むと、オーク樽の記憶がふわりと現れる。
それは彼女が時折差し出す過去の物語の断片だった。
育った環境がどれだけ違くとも、みな等しく木の香りは懐かしい。

「考えすぎじゃないかしら」

絡まり合った思考の糸を解きほぐすように、彼女はゆっくりと僕の内側に触れる。

僕にとって彼女は思考の調律師のような存在だ。
バラバラに音程のズレたピアノを調律するように、余計な雑念を拭い取り、心に静かな秩序を与えてくれる。

いつも一緒に過ごす時間は短いけれど、思考をゼロに引き戻してくれる。
あなたの現在地点はここなのよ、と。

基本的に、彼女は僕からの問いには答えない。
ただ、僕自身の中から答えを引き出す手助けをする。

グラスの底が見え始めたころ、彼女はふわりと立ち上がり、穏やかに言った。

「また会いましょう。きっと必要なときに。」

実にスマートな去り際だ。

穏やかさと深さ、淡白さと知性。
彼女と会うたびに僕は自分自身と向き合い、さざなみのように穏やかな往復のなかで軸となる視点を手に入れる。

グラスを置きひと息つくと、群青色の夜はもう一層深くなっていた。

さて、次はどのウイスキーを呑もうか。

刺激とは、相対的な落差によるもの。
現在地点を教えてくれる存在がなければ、どんなに強い麻薬からも快楽を得ることはできない。


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深みのある立体的なバランス
アラン10年

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