![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169597404/rectangle_large_type_2_a9c744c0d2ac92d4a2aa7f8ed10f174f.png?width=1200)
写真は拝借させていただきました。
衛星放送で、経済思想家の斉藤幸平さんに密着した番組が放送されていた。「人新生Anthropocene」とは、人類が地球の生態系や地質に与えた影響に着目して地質時代におけるひとつの新たな区分として想定されていたものだったらしい。2000年にオゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞した科学者が提唱し、2009年から国際地質科学連合で検証がされた結果、昨(2024)年3月地質学的年代として、それを定めることは否定されることに…とりあえずなったらしい。全く知らずにいた。
地質の年代としての「人新生」とは全く異なる話題になるが、1935年にアインシュタインらが、恐らくボーアらのコペンハーゲン解釈に抵抗して記したのだろうアインシュタイン・ポドルスキー・ローゼン論文、EPRパラドックスと呼ばれるものがあったそうだ。それには同時代の物理学者シュレーディンガーも同様の立場から、シュレーディンガーの猫と呼ばれる思考実験を公表することなり、さらにその後、オッペンハイマーの下で学んだデビット・ボーム、ジョン・スチュアート・ベルによる1964年に発表されたベルの不等式とこの課題は引き継がれ、さらに2022年のノーベル物理学賞のアラン・アスペ、ジョン・クラウザー、アントン・ツァイリンガーの「もつれた光子を使った実感により、ベルの不等式の破れを確立し、さらに量子情報科学を先導した」業績につながったと考えられているようだ。
ドイツでナチス政権が誕生する1932年頃を境に、アインシュタインはドイツを離れ、紆余曲折を経て米国へ亡命することになる。だから、EPRパラドックスはドイツを離れた頃に恐らく書かれたのではないだろうか。調べると、プリンストン高等研究所に籍を置いていた時期に書かれていた。既にアメリカに亡命していたのだろう。1935年にアメリカでの永住権を取得し、翌年再婚した妻で従姉妹でもあったエルザと死別し、後で記す書簡の作成後の1940年に米国籍も取得している。
EPRパラドックスで指摘されたことは、ベルの不等式の成立する範囲では、局所実在性が存在して「神はサイコロを振らない」との主張が成立するが、それが破れているときには、つまりベルの不等式が成立しないときには局所実在性は成立しておらず、観測されなくても決まった物理法則を持つとは言えない。ボーアらの解釈が正しかったということになるようである。これは単にそれだけを意味するのではなく、量子論の新しい扉を開いた画期的な証明であったようである。真理の探究にはこれくらい時間を要することがあるというひとつの例になるのだろう。
量子力学の誕生は1925年とされているから、EPR論文はその10年後に記され、2022年のノーベル物理学賞の受賞はアイシュタインらの指摘から約90年後に、そのパラドックスは成立しないことが示されたことに恐らくなるのだろう。さらに遡ると、量子力学の始まりのきっかけは1900年の12月にマックス・プランクがプランク定数を提唱するに至ったことに始まるとされ、その定数が正確に6.62607015×10−34 J⋅sと定義されたのは2019年5月とされている。ざっと120年弱の時間が経過していた。
核分裂は1938年の暮れに、ドイツのオットー・ハーン、オーストリアのリーゼ・マイトナーらによって発見され、ボーアによるその発表を受け、ベルリン工科大学でアインシュタインに学んだハンガリーのレオ・シラード、ユージン・ウィグナーが米国に亡命していたアインシュタインの下を訪ね、ロングアイランドの別荘を地元の子どもに訪ねて漸く辿り着いた1939年7月16日、シラードらの話に、核分裂のエネルギーを使用したのちの原子爆弾の開発の可能性を示唆され、弟子らの話の途中でアインシュタインはドイツ語で「そんなことは考えてもみなかった」と叫んだらしい。
どこまで事実か、定かではないものの、その後当時の米国大統領に当てたアインシュタイン書簡と呼ばれる書簡が作成され、9月1日には前年(1938年)のオーストリア併合に続いて、ナチスはポーランド侵攻を開始し、その後書簡は当時のルーズヴェルト大統領の下へ届くことになる。しかし、後にマンハッタン計画と呼ばれる原爆開発は動き出す気配はなく、1941年12月の真珠湾奇襲の前日に議会で陸軍の計画として承認され、レズリー・グローブスに抜擢されたオッペンハイマーが原爆開発の指揮を採るようになって動き始める。だから、アインシュタインは書簡の作成に携わったこと以外原爆開発には一才関与していない。マンハッタン計画の具体化の前提には、イギリスでウランの濃縮技術の開発に成功したことが報じられことも影響したようである。そして、結局、アインシュタインが「そんなことは考えもしなかった」と叫んでから6年年後の1945年7月16日、トリニティ実現と呼ばれる人類史上初の核実験がニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所で成功する。
国際地質科学連合は、人新生の地質学的年代を認めなかったけれど、1950年代以降の地層にはプルトニウムが分布していることは確認されているようである。アインシュタインは、米国へ亡命した当初はFBIから「アメリカの敵」として監視の対象にされていたとの話もあり、ベルリン時代の教え子たちが別荘を訪ねてくるまでは原子爆弾とは何ら関わりがなく、ルーズヴェルト大統領宛の書簡の作成に関与したのは事実だが、晩年はそのことを後悔していたとも伝わる。地球全体の温暖化が進んでいることは、夏場の暑さと秋を通り越すように訪れる冬の急激な寒さを経験する日本列島での暮らしの中だけにおいても感じるが、アフガニスタンで客死された中村哲医師は、2000年頃にひどくなったアフガニスタンの干ばつと2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、タリバンの拠点として米国の軍事攻撃にさられ、泣き面を蜂に刺される…程度の比喩で十分ではないかもしれないが、当地の置かれた状況は医療の支援ではどうにもならない現実に直面し、水量豊かな川から水路を造成して乾燥した大地を緑地化すること構想して実現してゆく。
2022年2月24日にロシアが始めたウクライナ侵攻、それは遡ると2014年3月18日のロシアによるクリミア併合による1991年のロシア連邦成立後最初の領土拡大ということがあったが、ソ連邦時代には1954年にフルシチョフ書記長時代にロシア共和国からウクライナ共和国へ割譲され時期もあり、いずれにしろ間も無くプーチン体制のもとでの軍事侵攻が始まって3年になろうとする戦争状態は停戦に至ってはおらず、2023年10月7日にはハマスによるイスラエルへの襲撃を端に発する…との表記が適当かどうか、自信はないが1948年5月14日のイスラエル建国から繰り返されてきたパレスチナとイスラエルの軍事衝突の果てに、もはやイスラエルによる一方的なガザ一帯への攻撃は、近隣のレバノン、イランへも戦火は広がり、長く独裁体制を敷いてきたシリアのアサド政権が崩れ、一様にそれらのさまざまな混乱を地球温暖化の一要因と指摘するのは馬鹿げたことかもしれない。
地質学的年代としての「人新生」はとりあえず確立されないとしても、アインシュタインが考えもしなかった原子爆弾が広島、長崎に投下され、ウクライナ侵攻開始後、プーチンはその使用の可能性を仄めかすことも起きてきた。現実には起こり得ないことではあるが、地球環境への人間の活動の影響を検証するため、地球上全ての人を消滅させ100年後の2125年の地球の温暖化の影響を神が調べた際に、温暖化が変わらずに続いていたなら、人の活動は地球全体の環境への影響はなかった…ということなのだろう。
1990年に始まったアフリカのルワンダで起きたフツ族とツチ族の間で起きた内戦により、100万人近くの人が虐殺されたと伝わっている。わたしが暮らす長崎県の人口(1,289,994人2024.1.1)の大半に当たる数になる。前前回の米国大統領選挙の後、2021年1月6日ワシントンD.C.の国会議事堂襲撃が起こり、死傷者が発生した。このアフリカと北米で起きた内戦、暴動は死傷者の規模や時間も、場所も異なるが、いわゆるフェイク情報に基づく混乱と死傷者の発生という点は共通している。20世紀に2つの世界大戦で2度敗戦国となったドイツで、ヒトラーが首相に選出された1933年から始まるナチス政権が12年余り続く。極東の列島に生まれた近代国家で、2012年末に自公政権が再び政権に就き、以後国政選挙で勝ち続けてきた自公政権が、選挙で議席を失ったのは12年近く経った2024年10月の衆院選だった。与党は少数与党に転じた。参院選は2025年7月に予定されている。
小泉内閣の末期2006年4月に提出されていた教育基本法の改正政府案は、その後退陣した小泉内閣の後を受けた第一次安倍内閣の下で12月22日公布施行されるに至った。因みに同時期に自衛隊法、防衛庁設置法の改正も行われた。2009年8月末の衆院選を経て民主党政権が誕生すると、3年余り野党となった自公両党は2012年末の衆院選を経て再び政権に就いた。すると、2013年12月16日国家安全保障戦略を初めて策定し、2014年5月30日政府は内閣人事局を設置し、6月には地方教育行政の組織および運営に関する法律の一部改正が公布され、第一次内閣での教育基本法に続き、教育に関する法律を大きく変えた。国家安全保障戦略は2022年末に最初の改訂がなされ、その後訓練中の事故で自衛官らが既に18人死亡した。2025年1月20日ドナルド・トランプ政権が再登板するにあたって、今後どうなるのか。神のみぞ知る…といったところだろうか。
参照資料
・量子力学の100年 青土社
・科学と幸福 岩波現代文庫 佐藤文隆 著
・新・教育基本法を問う 日本の教育をどうする
教育学関連15学会 共同公開シンポジウム準備委員会 編 学分社
・日本物理学会誌 Vol.69,No.12, 2014 小特集 量子もつれ
・Wikipedia ほか