懐かしい写真とともに~はしご観戦のおもひで~
2011年11月20日
過去のカレンダーやツイートを振り返ってみると、この日はサッカーと野球とをはしご観戦していたようです。
懐かしい記憶がよみがえってきたところで、個人的ダブルヘッダーとなったちょうど13年前の一日を振り返ってみようかと。
この日、サッカーの方はJ2サガン鳥栖とギラヴァンツ北九州との試合を。
野球の方は日本シリーズ第7戦となった福岡ソフトバンクホークス対中日ドラゴンズの試合を。
前夜にこんなツイートしてた。
J2サガン鳥栖vsギラヴァンツ北九州
2011年シーズンのサガン鳥栖。
この試合前までは実にリーグ戦16試合連続無敗で悲願のJ1昇格へひた走っていた時期。
残り3試合、相手は同じ九州のギラヴァンツ北九州。
とてもよく晴れた秋の日でした。
博多駅から特急で鳥栖駅で向かいます。
電車に乗る前に買っておいたホットコーヒーを飲みながら。
この容器がJR九州らしさあって、よきです。
鳥栖駅へ到着したら、まずは昼飯。
駅のホームでかしわうどんを食べるルーティン。
…やってることは昔も今も変わりません。
J1昇格への期待も高まり、晴れた空の下、多くのサガン鳥栖サポーターが集まっていました。
試合は13時キックオフ。
選手入場のときは、バックスタンドにサガン鳥栖のビッグフラッグ。
その両脇に「GO」「J1」の文字が浮かびます。
ベストアメニティスタジアム(当時)に来て、初めて見たスタンドの光景。
ファン・サポーターが願うことはただ一つでした。
この日の入場者数は12,884人!だったとか。
試合結果はこちらのリンクで。
2-3でギラヴァンツ北九州の逆転勝ち。
三浦泰年監督率いるこの年のギラヴァンツは手ごわかったですね。
試合が終わると、もう移動です。
駅のホームからスタジアムが見える立地。
いつもなら30分ぐらいはゆっくりしていくところですが、とにかく特急で博多へ向かいます。
なお、サガン鳥栖はこの次の試合で勝利し(いわゆる鳴門決戦)、12月3日の最終節でJ2の2位となって夢のJ1へのきっぷを手にすることとなったのです。
日本シリーズ第7戦 福岡ソフトバンクホークスvs中日ドラゴンズ
博多駅から地下鉄へ乗り換えて唐人町駅で下車。
さらに歩いて次なる決戦の地、福岡Yahoo! JAPANドーム(当時)へ向かいます。
この年の3月に発生した東日本大震災の影響でシーズン開幕が延期となり、普段よりも3週間程度遅れてプロ野球日本選手権シリーズも行われていました。
海風もより冷えるドーム付近で、18時半プレイボール。
互いに3勝3敗で迎え、雌雄を決する7試合目。
緊張感とともに、いつもとは違う感覚を味わったのを思い出します。
この年は鷹の祭典カラーが水色で、かつフラッグを振る文化があったから、ホークスを応援する外野席は水色が目立っていましたね。
34,737人が詰めかけたヤフードーム。
福岡ソフトバンクホークスが2003年シーズン以来8年ぶりの日本一達成!
プレーオフ・クライマックスシリーズ導入以降、何度も跳ね返され続けてきた頂点への高い壁。
ようやくこの日、超えることができました。
まさに、超えたん「ダ」!
そういや、ホークスのお家芸ともいえる「謎に満ちたシーズンスローガン」と、優勝など歓喜のときはドームの天井から金色の紙吹雪、通称「のりたま」が降ってくるのはこの年あたりからだったような気が。
そして、写真を見直してみたら試合終了後の胴上げ、監督とMVPインタビュー、表彰式まで終えた後、およそ35分ぐらい経過してかな?
中日ドラゴンズの選手たちがグラウンドに出てレフトスタンドのファンにあいさつしていたのですね。
途中までは外弁慶シリーズと呼ばれ、ロースコアな試合が多くホントに引き締まった試合展開が続くしびれる日本シリーズでした。
この年をもって中日は落合監督が退任。お疲れ様でした!
両軍ファンに名勝負を見せてくれたこと、感謝しています。
ドームを出たのが23時半過ぎ。
長い一日でした。
熱戦から一夜明けて
翌日は有休を取っていたので、深夜のホークス日本一特番もがっつり堪能して、昼前に起床。
前日に続いて快晴の一日。
とある場所へ。
佐賀県は唐津市にある、藤井将雄投手のお墓参りへ。
現役ホークス投手であった2000年に肺がんで死去した藤井さんのもとへ、ようやく達成できた日本一の報告に行きました。
晴れていながらも、海に近いこともあって冷たくて静かな場所。
帰る前に唐津市街へ戻り、唐津駅で一杯のあたたかいラーメンを。
ダブルヘッダーな1日&延長戦。
当時も今と変わらず、楽しめるだけ楽しんでいてちょっと恥ずかしい(*´艸`)