豆鼓蒸排骨・スペアリブを自宅でつくる
「蒸す」という調理法は、現代においていちばん馴染みのないものだ。
例えば、蒸し料理で知っているものをあげてくださいと問うと、まず「茶碗蒸し」としか返ってこない。少し意識が高い人でも「蒸し野菜」と答えるくらいだ。
何年か前までは、わたしもそうだった。
しかし、相棒の凄腕中華料理人の施さんと知り合ってから、わたしは「蒸す」という調理法に取り憑かれた。彼が「ここは本物だから」と紹介してくれた店や、実際に作って食べさせてくれた蒸し料理が、ことごとく各素材分野で、わたしの「人生ナンバーワン」料理となったのだ。
まず、実際に作ってくれた「清蒸魚」は、わたしが生涯食べたどんな煮魚料理よりも旨かった。「蒸し鶏」は会食パーティに出され、身体を鍛えるのが趣味の俳優に「こんなジューシーな鶏胸肉は食ったことがない」と言わしめた。
これらの料理のそもそもの発端は「豆鼓蒸排骨」だった。
施さんは横浜中華街育ちの華僑で、一族はみな料理人という家系だ。彼と知り合ったばかりのころ、ぜひ中華街を案内してくれと頼み込んだ。平日のランチタイムのピークを過ぎた頃に待ち合わせ、まずブラブラと中華街を散歩した。
最初に入ったのは中華街のはずれにある、お婆さんがひとりでやっている小さな店だった。施さんは中国語で何かを注文し、店内にある冷蔵庫から勝手に瓶ビールを取り出した。わたしはそこで初めて豆鼓蒸排骨を食べたのだ。
骨つきの豚バラ肉なのだが、肉は骨に近い部分が旨いという定説をまず実感した。さらに肉に絡んだタレのうまさときたら!この深いコクと香りの源泉は豆鼓だ。
京都の大徳寺納豆は豆鼓の製法を真似たものだ。
あまりに旨くてむさぼり食った。骨にこびりついている肉を歯で刮げとり、とことんしゃぶり尽くす。施さんは肉を食べ尽くした後に残ったタレを指差して、「これを白いご飯にかけて食うんだ」といたずらっぽく笑った。すぐに小ライスを頼んでかけて食ってみた。これも旨くて悶絶した。そもそも豆鼓蒸排骨は家庭料理で、施さんは幼い頃、肉を食べずにタレをかけたご飯を好んだという。
さて、初めて豆鼓蒸排骨を食べたときに作り方を教わった。簡単に言うと、タレに数時間漬け込み蒸籠で蒸すのだ。その後、施さんはできるだけ素人のわたしにわかりやすく理論的に説明してくれた。
まず、蒸すという調理法はすべての素材にとっていちばん理想的な加熱方法であるということだ。食材に対し全方位から同時に熱を加えることができ、さらに外に養分が出るのを極力抑えられるのは蒸すことなのだ。だからこの調理法を活かすには食材は肉であったらすべて骨つきであることが望ましい。これは肉以外の魚や野菜にも当てはまる。魚だったら一匹丸ごと、つまり原体であることが重要だ。
骨つきの肉は切り身と違い熱を加えたときに収縮することがない。これがどれだけ味と食感に関与するかという話は数時間にも及んだ。
つまり、肉も魚も鶏も野菜も、蒸すのがいちばん理にかなった調理法なのだ。
この話がきっかけで、わたしの自宅には、施さん指定の大きさの蒸し器がキッチンで幅を効かせることになる。直径24cmの普通皿がすっぽりと入るサイズなのでこれがやたらと場所を取る。鬱陶しいが、これで豆鼓蒸排骨や清蒸魚や丸鷄を自宅で作ることができる。この三品の中でいちばん簡単なのが豆鼓蒸排骨だ。
丸鷄は捌けないといけないし、清蒸魚は蒸すタイミングと時間が難しい。
本場では清蒸専門の料理人がいて、序列では料理長より上だという。
肉は蒸すのがいちばん旨い!
蒸し器にしかできない肉料理の世界、豆鼓蒸排骨・スペアリブ。
【材料】1人前
スペアリブ(骨つき豚バラ肉) 350g
〈漬けだれ〉
長ネギ(みじん切り) 1本
唐辛子 1本
豆鼓 大さじ1
酒 大さじ1
醤油 大さじ1
にんにく(チューブ) 3cm
しょうが(チューブ) 2cm
オイスターソース 小さじ1
豆板醤 小さじ1/2
片栗粉 大さじ1
ごま油 大さじ1
●ねぎをみじん切りにする。
●唐辛子を細かく切り。タネを除く。
●スペアリブ(骨つきバラ肉)を骨に沿って切る。中の表面に切れ目を入れておくと縮まない。本当は3cmずつ切りたいのだが、出来ないのでそのまま。
●漬け込みだれを作る。にんにく、しょうが、豆鼓、唐辛子、酒、醤油、オイスターソース、豆板醤。
●大きなボウルに移し、1人前の肉を入れ、ねぎのみじん切りを入れて揉み込む。揉み込みの途中で片栗粉、さらに揉み込みながらごま油を入れる。
●これを皿に移し、30分ほど冷蔵庫で寝かせる。できれば1時間、施さんは一晩寝かせるという。
●沸騰した蒸し器にセットし、湯気が出始めてから30分。途中で覗くのは厳禁です。
●蓋を開ける際に手前に開けるとひどい火傷をします。かならず外に向けて開けてください。
●両手グローブで取り出し、そのまま食卓へ。本当はリブを細かく骨ごと切りたいのですが家庭では無理なので、そのまま手づかみでどうぞ。
●また、このタレをご飯にかけて食べると絶品です。
蒸し器にしか出来ない料理がある。蒸し器でしか味わえない世界がある。
この料理は蒸し器でしかできません。
あまりに旨いからといって、仕込んだものをキャンプのバーベキューにと考えるのはNGです。真っ黒こげで肉の内部には火が通らないという散々な目にあいます。当然フライパン、レンジ調理もダメです。蒸し器だから30分間の工程でゆっくりと肉に火が入るのです。さらに熱い蒸気の水滴が皿に落ち、適度にタレの濃度も調節してくれます。そこまでを計算した料理なのでご注意ください。
骨つきの豚バラ肉ですが、問題がひとつ。スーパーで売っているのは細長いあばら骨のままです。よくバーベキューで見るやつね。中華街でみた、ひとつが2、3センチの一口サイズのものは売っていない(中華街の食材屋にはある)。プロの中華厨房ではこれは例の中華包丁で骨ごとぶった切るのだそうだ。これを自宅でやるととんでもないことになる。まな板は一瞬でボロボロになるし、慣れない中華包丁を素人が扱うのは自殺行為だと施さんは言う。
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