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本物の東坡肉を食べてみないかと、友人の料理人が囁いた。

東坡肉(トンポーロー)と沖縄のラフテーや和食の角煮と決定的な違いは、皮付きかどうかにある。ラフテーや和食の角煮では皮を使わないことが多い。
さらに、厚さと大きさに違いがある。本物の東坡肉が目指すものは、でかいひと塊がすべてトロトロになり、歯ごたえというものをほとんど無くすことにある。
軽く箸で切れるほどに柔らかくし、それをギリギリ箸ですくえる大きさのものを口に入れる快感を追求した料理である。

東坡肉は5分ボイルし、1時間煮込み、さらに3時間蒸す。

東坡肉はとにかくとことん火を通す料理だ。
さらにハードルを上げるのは、「蒸す」という行程があることだ。蒸し器なんてほとんどの家庭では持っていない。それも土鍋がすっぽり入る大きさだから、実際に購入したらとんでもなく邪魔である。(現在のわたしがそうだ)

料理も極端に過剰であった場合は破綻する。その破綻の直前まで追い込んだときにその素材はどうなるのか。その臨界点をプロは知っている。
ありがたいことに現代ではその情報もこうして手に入る。特別な技術は必要ない。いくつかの注意点を守りながら愚直にレシピをなぞるだけでいい。
つまり、必要なのは手間だけということだ。

普段の日常生活では、時短、ワンパン、何より簡単なものであることが重要だが、たまには効率を無視し、実験をするつもりで挑戦してみたらいかがか。
すると、いつもの日常的な食卓に裂け目が入る。
それは驚きと歓声か、それともささやかな違和感か。どちらでもいいではないか。もちろん独り暮らしでもやる価値はある。「これ」が自分のキッチンから生み出されたという驚きは、絶対にいままでの自分の何かを変える。
「やってみるとおもしろい」の典型的な料理である。
最低限、味は保証する。

東坡肉は、なぜ皮付きにこだわるのか。

東坡肉の真骨頂は、トロトロの皮の旨さにある。
相棒の凄腕中華料理人の施さんはいつも近所のスーパーで投げ売りしている皮だけを買ってくるという。店頭に無いときは精肉担当の方に「ある?」とまるで麻薬密売のように持ちかける。すると店員さんはいそいそとバックヤードに行き、数キロある皮を包み適当に100円などという値段のシールを貼り付けてくれる。精肉部門があるスーパーでは、仕入れの際に皮付きで納品されることを施さんは熟知しており、売り物として整形する際に破棄するものとして先方が持て余していることも知っているのだ。
これを持ち帰った際の彼の子供達は大喜び。トロトロのチュルチュルだけを好きなだけ食えると白いご飯を片手に大興奮するのだそうだ。

施さんはこれを時間のある週末にやる。午後いっぱいかけて5分ボイルして1時間煮込み、さらに3時間蒸すという行程を、スマホのタイマーを使って片手間に行う。その間は他の作業や自身のリラックスタイムにあてる。彼はプロの料理人だから、この行程を何度も経験して慣れている。さらに「放っておくだけで手間がかからなくていい」とまで言う。材料費は激安だし、子供たちも喜ぶ。

東坡肉とは不思議な料理だ。

これを「豚の角煮」と考え方を混ぜ合わせ、30分もあればプロの料理人だったら「商品」に仕立てることができる。実際に多くの中華料理店で出されているものはそれだ。しかし、東坡肉のうまさは皮の食感と断言してもよい。つまりゼラチン質だ。そのとろけ方は肉質の部分とは柔らかさの質が違う。その両方を塊で味わうのが東坡肉なのだ。いわば贅沢な遊びと言ってよい。

作家の邱永漢は、友人たちを自宅に招くときの料理にこだわりがあった。

作家の邱永漢さんの、自宅に友人を招くときにこだわりは
「レストランで食べることのできない料理を出す」ことだった。
では、いったいどんな料理かというと簡単で
「時間がかかり過ぎて料理屋では無理」という料理だった。
彼ら夫婦は戦後の物資難でも、なんとか最低限の材料を手に入れ、七輪の熱源を使って2日間豚バラ肉を煮込んだ。当時は調味料も専門的なものはもちろん、限られたものでも入手困難だったが、その環境の中でベストな料理を出した。
するとその手間を見破る友人が数人いて、その人たちとは長年にわたって良い交友関係を築けたという。

実は中華の真髄とはこのような「手間」にある。

醤油、砂糖、生姜などの基本的な調味料しかない場合、料理の構造がわかっている人なら味の想像はなんとなくつくはずだ。しかし、2日間煮込んだ肉の食感だけは、経験しないとわからない。2日でなく半日でも充分においしかったかもしれない。その僅かな食感の違いに48時間という時間をかけるのが中華の真骨頂だ。

食の効率化は大賛成である。しかし、タイパはとことん悪いが、とんでもない感動をもたらす。そんな魅力的な料理を遠ざけるのは不毛な人生を送るようなものだ。
ブルートゥースでアイチューンのサブスクで音楽を楽しみながら、
一方ではアナログのレコードを真空管アンプで聴く醍醐味も知っている。
料理もそれと同じだと思うのね。

箸で切れなければ、本物のトンポーローではない!200gの肉塊が口の中で溶ける!

5分ボイルして1時間煮込み、さらに3時間蒸す。
これだけ手間をかけてトロトロになった本物のトンポーローを
食べたことがありますか?!

ネギ、生姜、紹興酒、醤油、氷砂糖、水、八角を入れ、1時間煮込む。
蒸し器に土鍋(蓋はしない)ごと入れ、弱火で3時間蒸す。

【材料】3人前
皮付きバラ肉ブロック 750~800g(最終的に正方形3個に切り分ける)
長ネギ(青い部分)6本(枕にする)
生姜 1個
紹興酒 200cc
醤油 150cc(中国醤油があれば、醤油100cc・中国醤油50cc)
氷砂糖 150g(氷砂糖はゆっくり溶ける。砂糖やみりんではすぐに焦げ付く)水 1L
八角 3個
片栗粉 少々 

●枕用にネギの青い部分を切り落とす。
●生姜をスライスする。
●豚バラブロックの皮の部分をコンロで焼く。(残っている毛を取るため)
●肉を5分間ボイルする。(ボイルすることで肉が固まり掃除しやすくなる)
●皮の表面を包丁の刃で削ぐように掃除する。肉を3等分(ひとつが正方形)になるように切り、反対の底面はスジなどの硬い部分を取り除き、平たくして肉が座りやすくする。
●深めの鍋にネギの青い部分を敷き、生姜のスライスを乗せ、肉を皮面を下にして置く。
●紹興酒、醤油、氷砂糖、水、八角を入れ、1時間煮込む。途中アクを取る。
●土鍋に今度は皮を上にした肉を入れ、タレを入れる。
●蒸し器に土鍋(蓋はしない)ごと入れ、弱火で3時間蒸す。空焚きにならないように途中お湯の量はチェックする。少なくなってきたら沸騰したお湯を足す。
●蒸しあがったらタレだけフライパンに移し、水溶き片栗粉でとろみをつける。
●皿に盛り付けた肉にタレをたっぷりかけて出来上がり。箸だけですっと切れるほどプルプルである。

※レシピの分量は売っていた750gのワンブロックを基準に決めた。
※片栗粉を打つ前に残ったタレは、少し水を足して手羽先などの煮込みに使う。
手羽先なら10分も煮込めばいいでしょう。これも絶品ですよ。

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