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町中華のオムライスを自宅で完全再現する

新橋の町中華「三陽」には10年ほど前によく行っていた。一人で行くのは決まって土曜の昼の1時から2時の間。新橋はビジネス街であり、さらに微妙に駅から離れたこの店に土曜日に来る客は少ない。平日のランチタイムにはバイトらしき人はいるが、基本的にワンオペだ。それではなぜ土曜日に営業するかというと、オヤジにとって週に1度の大掃除を兼ねているからだ。

さあ食うぞという気分を高め、読みかけの本を持って昼を少し過ぎた時間に行く。
するとオヤジが道路にゴミ箱を出し、ホースでザブザブ洗っている。作業を変に中断させても悪いから、注文はあらかじめすべて済ませてしまう。まず、瓶ビールとレバニラ炒め。間を置いてオムライスとラーメンだ。30分くらいかけてゆっくり本を読みながらビールでレバニラをつまむ。ビールを追加する場合は自分で取る。オヤジは「そろそろ食うかい」と目配せする。まだ掃除中だが作業がキリのよい状態になったのだ。そこでラーメンとオムライスをまとめて作る。オヤジは出したらまた掃除に戻る。

三陽の道路を挟んだ正面は表通りに建つビルの裏だ。狭い路地だから車はまず通らない。道路を挟んだ店の正面にはエアコンの大型室外機が並び、大通りに近いところには自販機が並んでいる。そこに洗い終えたゴミ用のポリバケツを逆さまにして水を切っている。道路には洗剤の白い泡が残り、それを最後にホースの水で洗い飛ばす。そんな作業を狭い二人がけのテーブルから本のページ越しに時折眺める。ラーメンの麺は伸びてしまうので意識して早めに食うが、それ以外は多少さめてもわたしにとって何の問題もない。心に留めておきたい部分があるページの隅を折り、また一口、そしてビール。オヤジと言葉を交わすのは最後の会計の時だけだ。必ずオヤジは「ジムに行ってきたの?」とわたしに訊く。いつもわたしがジャージだからだ。面倒臭いので「うん」と答えてお釣りをもらう。三品は多いがゆっくり時間をかけてダラダラと食べると以外に腹に収まってしまう。しかし、満腹だ。瓶ビールだって2本飲んだ。今日はこの後、何もする予定はない。そんな土曜の午後はわたしにとって宝物だった。コロナで足が遠のき5年ほど行っていないが、テレビのおかげで相変わらず営業していることを知った。

テレビ番組で町中華オムライスの危機を知る

テレビ番組「マツコの知らない世界」でオムライスが特集された。それも「町中華オムライス」という非常にニッチなテーマだった。いまでもオムライスはポピュラーな人気メニューだが、洋食屋ならともかく、わざわざ町中華に食べに行く人は非常に少ない。だから町中華のオムライスはいまでは絶滅種となっているという。

番組の情報では、オムライスを作る町中華は港区では1軒だけになってしまった。それがわたしがよく通っていた新橋の「三陽」だった。近所には、中央区に2軒、千代田区に1軒あるという。マツコは都会のど真ん中に町中華がいまだ存在していることが奇跡だとコメントした。そもそも町中華じたいが激減しているのだ。

年々減少する町中華と町中華オムライスだが、この両方がひしめく黄金の地域があった。板橋と川崎である。テレビではそれぞれの店を紹介したが、みんな笑ってしまうくらい駅から遠い。町中華の定義は色々あるが、メニュー表でラーメンの次にタンメンがくることだと知り合いのミュージシャンは名言を放ったが、わたしはオムライスがあることをあげた。町中華のオムライスにはチャーハンスープがつく。それは嬉しいことなのだが、ライバルは常にチャーハンなのだと思い知ることにもなる。強敵どころの騒ぎではない。ラーメンを抑えて町中華に行く動機理由のナンバーワンはチャーハンを食いに行くことではないか。

そこに料理の実力差が露呈する。チャーハンは家ではなかなか旨いものが作れない。しかし町中華のオムライスは限りなく家庭の味に近いからだ。洋食屋のオムライスを家で作るには技術と知識が必要だが、家で母親が作るオムライスは町中華と構造的にほぼ一緒だ。番組中とどめにマツコが言った。「おいしい、なんだか母親の味がする」と。

考えるほど町中華オムライスの存在価値は低くなっていく。だからといって絶滅してよいものだとは思わない。何とかしなくっちゃ。

多くの様式を有するオムライスは、単純にどちら派かと論ずるものではない。現在とことん成熟しているラーメンの世界と一緒だ。醤油ラーメンが好きで、その他のものはほとんど頼まないというラーメン好きがいたとして、彼は(彼女は)この世からとんこつや塩ラーメンは消えてなくなればよいと思うだろうか。ラーメン好きならば、口にすることはもちろん、見るのも嫌だといういう人はいないだろう。だから醤油、豚骨、魚介、塩、味噌などそれぞれの分野を認めてその差を楽しめばよい。いまのオムライスの事態はこのうちどれかが絶滅するということに近い。
商業的なことであり、移りゆくは世の習いではあるが、防御策としてはただひとつ。自分で作れるようになるしかない。

プロの中華の料理人に完全再現をお願いする

今回わたしが相棒の料理人である施さんにリクエストしたのは、典型的な町中華のオムライスだ。真っ赤な福神漬けとチャーハンスープがあう、あの郷愁の味です。最後にかけるケチャップソースの作り方を知って長年の疑問が氷解した!

オムライスはまず、ケチャップソースとデミグラスソースの2系統がある。さらにきっちり硬めの薄焼き玉子系とタンポポオムライスに代表されるふわとろ玉子系がある。またまたさらにケチャップライスはバターや玉ねぎを使った洋風のものと、町中華の玉子チャーハンを基準にしたものもある。今回わたしが相棒の施さんにリクエストしたのは、もちろん町中華のチャーハンから発展したオムライスだ。真っ赤な福神漬けとチャーハンスープがあう、郷愁の味です。

また、町中華オムライスといってもそれぞれの店によって入れるものや技量も異なる。中には本場の方もいて、豆板醤やオイスターソースなどを隠し味に入れたりする。今回はそんな特殊なものを一切加えず、普通のお家にある調味料で、とことん普遍性を追い求めた。さらに材料も少ないものが好ましい。最後まで悩んだのは、ネギかタマネギかという問題だった。タマネギこそケチャップライスの要なのではないかと悩んだが、町中華らしくということでネギにした。

施さんと撮影して実感したのは、ケチャップライスはチャーハンの作り方とほぼ一緒であるということだ。最後にケチャップソースが入るだけで、これは中華の基本の玉子チャーハンである。施さんの究極の技術をさらっと見せてくれちゃっている。中華厨房の火力も特別な鍋も関係ない。具材と調味料を入れていく順番とタイミング、お玉の使い方と煽り方、この動画にもした4分弱の動画は永久保存版である。火力は最初から最後まで家庭の強火(全開ではない)。何度も煽るができるだけ火から遠ざけないよう最小限の動きをしているのがわかる。

町中華のオムライスを完全再現する

これぞお家で完全再現された町中華のオムライス

【材料】1人前 (大盛り)
ご飯 300g
玉子 2個
チャーシュー 30g
長ネギ 1/4本

味の素 小さじ1/2
塩 小さじ1/3
こしょう 少々
ケチャップ 大さじ2
サラダ油 大さじ2(ケチャップライス)
サラダ油 大さじ1(薄焼き玉子)

ケチャップソース
ケチャップ:野菜ジュース 2:1
 

●長ネギ1/4本を小口切りにする。

●チャーシューを細かく切る。

●玉子2個をボウルでよく溶く。半分はチャーハンに、もう半分は包む玉子焼きに使う。

●よく温まったフライパンにサラダ油、溶き玉子1個分、ご飯を入れ炒める。

●1分ほどよく炒めたら味の素、塩、こしょうを入れさらに20秒ほど炒める。

●切ったネギとチャーシューを入れ40秒ほど炒める。

●ケチャップをいれさらに40秒ほど炒める。

●皿になんとなく半月形になるように盛っておく。

●中火で薄焼き玉子を焼く。最初のサラダ油は全体に伸ばしたら余分なものは戻す。蓋をし目安は30秒。ひっくり返して火を止める。

●ケチャップチャーハンに玉子を被せ、ラップを使って成形してやる。

●ケチャップをフライパンに入れ、さらに野菜ジュースを入れてのばす。煮詰める必要はありません。ケチャップと野菜ジュースの比率は2:1。

●たっぷりかけて出来上がり。

出来上がりは町中華の味

完成したオムライスを食べたときの興奮をどう伝えたらいいだろうか。
いつもの自分の部屋で、町中華のメニュー全体に漂う侘びた雰囲気まで蘇った。
これは完全に自宅の味ではなく「外」の味だ。
スプーンの腹で上にかかったケチャップソースを全体にのばし、大きめに掬い取って頬張った時の至福。
「チャーハンスープもつけてやろうか?」
施さんの一言に激しく首を縦に振る。咀嚼しているから言葉を発することができない。食べている間に、ものの数分で炒飯スープは登場した。
「本気のスープじゃなくて、なんちゃってスープだけどね」
最後にこれが見事にハマった。
「あ、福神漬けを忘れてた」
これで福神漬けが添えられていたらと考えると、どんどん悪ノリがしたくなった。
こんど再現するときには、器もちょっとこだわろう。あの銀色のオーバルなんかどうだろう。河童橋に行くか!?

最大のポイントは、最後にかけるケチャップソースだった!

ケチャップをフライパンに入れ、さらに野菜ジュースを入れてのばす。
ケチャップと野菜ジュースの比率は2:1。

これを知っただけで大収穫だった。
家で作るオムライスにずっと違和感を持っていた原因はこれだったのだ。
ケチャップと野菜ジュースで作るケチャップソースは、ケチャップ独特の甘さのカドが取れて、お店の味になる。もし自宅で作るなら、このケチャップソースだけでも試してほしい。

https://youtu.be/EwEGDLOQ9So?si=ZwdH5DDsu0Rr2lhr



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