ヨルガオの花 【短編小説】
写真部の合宿で河口湖を選んだのは正解だったと思っている。
みんなが泊まった宿の部屋で酒を飲みながら麻雀をジャラジャラ打ってて騒がしいので、外に出て河口湖大橋まで行くと、橋の柔らかいオレンジ色の照明の光が目に入る。まるで色の違う蛍の群れのようだ。私はオールドレンズを付けた小さなカメラを首から下げて一人でこの橋の方まで来ていた。
まるでこの世には私しかいないようだった。道路に車の一台も来ない。橋を独り占めしている。静かだった。あっ、と声を出しても無限の秋空に吸い込まれていくばかりだ。
そうなってくるとなんだか楽しくなってくる。誰もいないから何でもできてしまうような気がする。スキップしながら鼻歌を歌ったり、グルグル目が回るほど砲丸投げのように回ってカメラをぶん回してみたり、有名なダンスを踊ってみたり。
そして挙げ句の果てに私は橋のど真ん中で横になった。
雲もない空に、まんまるのお月様が見えた。
月をまじまじと見ることなんてそういえばなかった。じーっと眺めているうちに、模様がくっきり見えてくる。うさぎが餅をついている、と言われているけれど、私には白いヨルガオの花に見えた。
思い出したかのように私は持ってきていたカメラを構える。寝そべっていると、画角を合わせやすい。私はシャッターを押す。
カッ…………チャン。
モニターにはブレてよく分からない像が浮かび上がった。何重にもなった月の像は、うさぎでもヨルガオでもなくただの怪物だ。
「だめだこりゃ」
そんな声も秋風に飛ばされていく。何となく目を閉じた。少し肌寒く感じるこの風が心地よかった。
-----
「何やってんですか?」
「ん?」
私は勢いよく起き上がる。さっきまで部屋の麻雀でぼろ負けしていた後輩が私のそばに立っていた。
「いつからいたの?」
「先輩がカメラで砲丸投げやってた時からですよ。ほら」
彼は自分のカメラのモニターを見せてくる。狂気に満ちた女性が、不名誉な顔をしながらカメラのストラップを握り締めて振り回す様子がよく撮れている。信じられないほどよく撮れているのが腹立たしくて仕方ない。
「ちょっと! 消しなさいよ!」
私は彼のカメラを奪おうとする。彼は力で私の腕を押さえつけると、まあまあ、見てください、と言って、もう一枚の写真を見せた。
そこにはオレンジの蛍の海で寝そべって、カメラの画面を見つめながら微笑む私がいた。
「あ……」
「……先輩。すっごく素敵ですよ」
「馬鹿じゃないの」
彼は、あとで写真送りますから、と言った後に月を指差す。
「今日の月が綺麗だってこと、ぼくは知ってたんです。だから、ここまで見に来たかった」
「ふうん」
私は腕を組む。少し照れくさかった。空を見ると、ヨルガオが咲いている。ヨルガオを見ていると少し背中を押されるような気がした。
「あのさ……私と、見たかったの?」
彼は驚いたような顔をして、私を見つめてくる。しばらくして、彼は意地悪そうに笑った。
「いや、ツキが回ってくるかなって」
私は四暗刻! 四暗刻! と叫ぶ彼に何度も蹴りを加えた。