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騙されて飲みサーの新歓に参加してしまった新入生の話



「あ。」

立てかけてあったバッグが倒れる。

バッグの上にあった私のスマートフォンも、そのまま、床に落ちる。

鈍い音が辺りに響いて、

咄嗟に謝ろうとしたけど、やめた。

酒気を帯びたサークルの先輩たちは、内輪の話で談笑することに忙しく、スマートフォンが落ちたことにすら気がついていないから。

私はそんな先輩たちに注いでいた冷めた視線を、そのまま床に落ちたバッグに移した。

びしょびしょに濡れたテーブルに手をかけながら、落としたスマートフォンに手を伸ばす。


高校生だった頃から、私は外部のダンスチームでブレイクダンスをやっていた。

高校にはダンス部はあったけれど、ブレイクダンスはさすがに専門外だったようなので、身一つで駅前で踊っていたお兄さん達に頑張って話しかけ、何とか仲間に入れてもらった結果だった。

ダンス人生は、それなりに充実した。

学校が終わると同時に駅まで走って、駅前の練習場所で終電まで踊る毎日。

学校の勉強が段々疎かになって、遂には学校にすら行かなくなるぐらいブレイクダンスに傾倒した。

高校3年生の夏になって、急に焦って必死に勉強をしたけれど、そんな付け焼き刃が大学受験に通用するわけもなく、無駄なプライドも手伝って浪人をすることになった。

ともかく、そのぐらい高校生の私はダンスに夢中だった。そんな私が、大学に入ってダンスサークルを探すのは至極単純な流れだった。


過去の記事でも書いたが、今年の大学1年生は大学のキャンパスにすら1度も行っていない人が多い。多分に漏れず私も、受験以来、1度もキャンパスの土を踏んだことはない。

大学のサークルを探すにも、見学するにも、SNSを活用する他なかった。受験以来1度も起動していなかったTwitterに2年ぶりにログインした私は、大学のダンスサークルのアカウントにDMを送った。

経験者、ということで話はスムーズに進み、なんだかよく分からないまま、半ば強制的にサークルへの入部が決定した。



スピーカーが鳴動する。

磨いた靴と、磨かれた床が擦れる音がなる。

水分を欲する乾いた喉に、冷たい麦茶を流し込んだ。

私は、サークルの今年度一回目となる練習会に参加していた。新入生と先輩達の初顔合わせ、ということだ。

高校生活の大半をブレイクダンスに費やした私は、どれだけ客観的に見ても、そのサークルの中では一二を争うくらいは踊れた。

「大学のダンスサークルには、まともに踊れる奴なんて殆どいない」と口癖のように愚痴をこぼしていた、抜群にダンスの上手い年上のチームメイトがいたことを唐突に思い出した。左手にタバコ、右手にストロングゼロを携えた彼の姿を久しぶりに鮮明に思い出す。元気なんだろうか。

しかしなんだろう、私はそのサークルの練習風景に強い違和感を抱いた。

それは例えば、初心者でも3ヶ月あれば覚えられるような技が出来ない3年生がいたことだったり。練習中、スタジオの端っこでスマホを小一時間弄り続ける先輩がいたことだったり。とにかく、お世辞にも練習に対するモチベーションは高いとは言えなかった。


この人たちは、何をしに今日、ここにいるのだろう。

そんな小さな疑問を振り切るように、私は自分の体を動かした。

その小さな疑問に対する答えは、案外あっけなく、そして何よりも陳腐な形で、私の眼前に示されることとなる。


「「乾杯!!!」」

表面に水滴を滲ませたグラスとグラスが弾ける音が、居酒屋の喧騒に混じって溶けていく。

私はスタジオでの練習会の後、所謂「新入生歓迎会」に参加していた。

浪人をしている私は既に成人済みで、アルコールを飲むことも可能だったのだが、その日はスタジオまで原付で向かったため、私だけがソフトドリンクで乾杯をする運びとなった。

全員が飲み放題を頼んだことも手伝って、先輩たちは次々にアルコールを口に運んだ。

段々と頬が紅潮して、弛緩していく先輩たちとは反対に、私の顔は強張っていった。

先輩たちは新入生である私に目を付け、次々に内輪の下世話な話を展開していたからだ。




「ねぇ、△△に抱かれた○○って知ってる!!??」

知らない男の先輩と知らない女の先輩の話を聞かされる。



「じゃあ○○を寝取った△△は!!??」

知らない男の先輩の話を聞かされる。



「あ!!すっぴんがブスなのにそのままコンビニによく出没する○○は!!?」

知らない。



「□□事件の○○は!!??」

知らない。



「「□□」って酔っぱらって口を滑らした○○は!!??」

どうでもいい。




想像に難くないだろうが、そのたびに周りの先輩から爆笑が巻き起こる。

話の登場人物すら全く知らない私は、全く話題に付いていけず、笑うポイントも分からず、ただ乾いた笑いを顔面に張り付ける。話の内容が人の悪口だったり、下衆なエピソードだったりで、聞いていて気分が良い物でもないこともタチが悪い。

思わず時計を見やる。もうそろそろ一時間ぐらい経ったかと思っていたが、まだ30分も経っていなかった。

ならばせめて食事でも楽しもうとテーブルを見渡したが、人気の料理はすぐに食い尽くされ、ドレッシングが入った小皿とレタスしか残っていない。

透明な壁が私と先輩たちを阻んでいるようにすら錯覚するほどの疎外感。聞いてるだけでも嫌な気分になる下世話な話に耳を傾けることを即座に中止した私は、大人しく余り物のレタスをもそもそと口に含んだ。


先輩たちと私の温度差で、透明な壁が結露しているような妄想をしてみる。

先輩たちの輪郭が曇って、段々その表情すら判別出来なくなってくる。

集まった水滴は徐々にその自重を増していって、遂には壁を伝って、丁度レタスの表面に落ちた。私は思わず、その水滴の付いた瑞々しいレタスを口に運ぶのである。

注文したコーラでちびちびとレタスを流し込む。グラスに付着した大粒の結露水がテーブルに滴り落ちる。その様子が、私の妄想に拍車をかける。

まったく味を引き立て合わない二つの物を交互に口に入れ、無理やり腹を満たした私は、半ば習慣的に時計を見やる。この悪辣な飲み会が始まって何度時計を見たかはもう覚えていないが、相変わらず時計の針は悠長に、何喰わぬ顔で私に現実を突きつけた。


小さくため息をついて、びしょびしょになったテーブル越しに、周りを見渡す。

先輩たちの様子は変わっていない。反応が悪い私をターゲットにするのはやめたようで、今度は先輩たちだけで新入生の女子のインスタグラムの写真を見て盛り上がっているようだった。


「あ。」

飲み終えたグラスを隅によけようとした際に、立てかけてあったバッグを倒してしまう。

バッグの上にあった私のスマートフォンも、そのまま、床に落ちる。

鈍い音が辺りに響いて、

咄嗟に謝ろうとしたけど、やめた。

酒気を帯びた先輩たちは、そんなことに気づきもしなかったから。


もう一度、ため息。



「すいません、20時からバイト入れちゃってるんでそろそろ帰ります。」



スマホ、拾う。

バッグ、閉める。

びしょびしょになったテーブルを雑に布巾で拭く。

私がいなくなれば、きっとこの鬱陶しい結露水も少なくなる。


「さよなら。お疲れさまでした。」


緩んだ靴紐を丁寧に結ぶ。

店の外に出ると、いつの間にか雨が降っていた。

最後の、ため息。


濡れたヘルメットを無理矢理、被る。

エンジンを回して、アクセルを捻る。

進みだした原付のステップに足を置いて、左折。

雨が全身を濡らして、服が肌に張り付いて、飲んでもないのに軽いふらつきを感じた。

後ろから届く居酒屋の喧騒と、眩しい照明が徐々に遠のいていった。

原付に付着した雨粒が、頼りなく街灯の光を反射していた。





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鯖田
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