
自販機のルーレットが当たった話
自動販売機のルーレットが当たった。
それはいつも通り、会社の自販機でお茶を買った時のこと。

ボタンを押した後、いつも通りルルルルル〜とルーレットが回り出した。昔のおもちゃのような軽快な電子音。
2 2 2・・・
ルーレットは3桁目まではすぐ表示されるが、4桁目の表示は少し間が開く。
(はいはい、いつも3つまでは揃うんだけど、今回もどうせ4桁目でハズレでしょ)と思い、体を反転させて席に戻ろうとしながらも、一応横目でルーレットの小さい画面を見守っていた。

そしたら、おや?
ピコピコピコピコーン!
『2222』!
!!!
なんということでしょう、当たった。
当たった。当たった。
興奮する気持ちを抑えて、周りを見渡す。すると、隣の隣の隣の島のおじさん(あんまり話したことない)が飲み物を買いにちょうどこちらに歩いて来ていた。普段なら話しかけない人だが、今はとにかく誰かにこの珍しい現象を伝えて感動を共有したかった。
「ルーレット、当たりました」と報告する。

すると「え!この自販機のルーレットは会社がケチって絶対に当たらない設定にしてると思ってたのに、当たるんだね!!えー良かったじゃん!おめでとう!!!」と祝福してくれた。
(そ、そんな悪どい設定があるんですか!)と思った。祝福された嬉しさよりも、そんな設定があるということと、そのおじさんがそう信じていたということが衝撃だった。
まさか江戸時代のように「お代官様、自販機の設定を絶対に当たらないようにしましょう」「越後屋、お主も悪よのう」みたいなやりとりがされていたのだろうか。いやいや、それは水戸黄門と格さんが印籠を振りかざして「控えおろう!」と成敗してしまうくらい悪どい仕業だろう、と思う。そしてほぼ初対面なのに想像を60倍上回る気さくな口調とテンションで返事をしてきたおじさんのコミュ力の高さにも驚いて、一体自分は今何に驚いているんだろうという気分になっていた。

(この人は今まで何回もルーレットで外れてきたんだろう。もしかしたら僕が当たったことで、このおじさんが当たる確率はさらに下がってしまったのではないだろうか。そんな人の目の前で当たってしまって申し訳ないな。。。でもせこい設定をする会社じゃないということがわかって逆に良かったのか?)というとても複雑な思いが僕の胸を一瞬で埋め尽くした。何が正解かわからない。


自販機を見ると、ボタンが煌々と光っている。どうやら景品として好きな飲み物を1本選べるようだ。
今までずっと外れ続けてきたであろうその人の目の前で当たったことに負い目を感じていた僕は「一本タダでもらえるみたいなんですけど、僕はもうお茶を買っていらないので、差し上げます!是非好きなものを選んでください!」と伝えた。
これが高校生なら、ここから恋やらトキメキやらが始まりかねない素敵な展開だなと思ったが、残念ながらここは会社であり目の前にいるのはルーレットに外れ続けてきたおじさん。それ以上でも以下でもないという冷酷な現実。

「いえ、この当たりはあなたのものなのであなたに選ぶ権利があります」という資本主義社会で働く社会人のお手本のような返しをされて「わ、わかりました」と答えた。

しかし僕はもうお茶を買っている。同じものにしようかとも思ったが、せっかくだから違うものにしようと思った。しかし数が多くて選べない。
僕の後ろには、あのおじさんが飲み物を買うためにこちらを見て待っている。あまり待たせるのも悪いなと思い、あまり考えずにえいっと麦茶のボタンを押した。
ゴトンという音を立てて麦茶が出て来た。
お待たせしましたと言って自分の席に戻った。


自分の席に戻り、自販機で当たったことを近くの人に報告すると皆「え、あの自販機当たるんだねえ!」と驚いていた。どうやらみんなも絶対当たらない設定になっていると思っていたようだ。うちの会社はそんなに信用されていないのか。。。と思いつつ「そうなんです、当たったんですよ!」と言い、おまけでもらった麦茶を「どうぞ」と向かいの席の人に差し上げた。


「ありがとう、なんか悪いなあ」と言いつつ喜んでもらってくれた。それをきっかけに、あ、そういえばわたしも昔当たったことあるよ、高校生の時でさ〜懐かしいな〜。え、田中さんが高校生の時も自販機ってあったんですね。当たり前でしょちょっと何歳だと思ってんのよ。と、束の間の自販機トークに花が咲いた。忙しい仕事の合間に自販機の話をするのはきっと平和な時間だろう。頭の中では天才バンドの平和 to the peopleが流れていた。

あの日以来、あのおじさんとは自販機トモ(自販機の前でだけ会話をするという利害関係が全くない最高の友だち)である。たまに自販機前で会うと「当たりましたか?」「いや全然当たらん。ちょっとまた当ててみてよ」という会話をしている。
そんな、自販機のルーレットが当たった話しでした。