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池の鯉より
大池「あぁ、良い天気だなぁ。あ、ちょうどいいところにベンチがある。座ろう。」
小池「あぁ、いい天気だなぁ。あ、ちょうどいいところのベンチにちょうどいい感じの男性が座っている。座ろう。」
小池、大池の横にぴったりと座る
大池・小池「…。」
大池「こんにちは。」
小池「こんにちは。」
大池「つかぬ事をお伺いしますが。」
小池「お伺いになる。えぇ、結構ですよ。」
大池「どうしてこれだけベンチのスペースがあるのにこんなに近くにお座りに?」
小池「つまりあなたはこう言いたいのでしょうか。近すぎる。と。」
大池「あ、いえ。近過ぎることが迷惑という事ではないのですが、なにかこう、不思議に思いまして。」
小池「はぁ、不思議。それについては私の方がよほど不思議なのですよ。」
大池「と、申しますと。」
小池「それに答える前に私の話を少しさせていただきましても。」
大池「えぇ、結構ですよ。」
小池「私今破産者MAPと言うものに追われてまして」
大池「破産者、、、なんですか?」
小池「おや、ご存じない」
大池「ええ、すいません。存じ上げません。」
小池「今世の中には自己破産をした人間の居場所や名前を可視化してネットのMAP上で特定できるようなサイトが出来ているのですよ」
大池「えぇ!?なんですかそりゃ!!」
小池「多くの人は知りませんが、実は自己破産者の名前などはこれまでも公に公表されてはいるのです。しかし可視化して簡単に取りまとめて見られるようにしてしまった人が、、、いたんですね。」
大池「なんという、、、世知辛い世の中ですな」
小池「えぇ、本当に」
大池「それで、あなたの家も特定されたという事なのですか?」
小池「そうなります。いえ、まだ誰かが押しかけてきたとかではないのです。先に逃げ出してきたのです。」
大池「先に、、、とは。」
小池「一緒に暮らしてる恋人がいましてね。こんなもので見つかってはつまらない。いっそ今のうちにと。」
大池「そうだったのですか。」
小池「ロマンと言うのでしょうか。言い争いをするくらいなら身一つで、、、と思いまして。本当に着の身着のまま。」
大池「えっ?あなた荷物も何も持ってないじゃないですか!?」
小池「えぇ、何も持たずに飛び出してきました。戻るつもりもありません。」
大池「あぁ、、、そんな。」
小池「行くあてもなくなりました。私、親ももう居ないものですから。」
大池「なんて事だ。」
小池「ところがなのです。」
大池「はぁ。」
小池「そんな、行くあても無く歩く私の目の前にです。」
大池「えぇ。」
小池「ベンチがあったんです。」
大池「あぁ、ここですね」
小池「そのベンチには一人の男性が座ってた。」
大池「お。僕ですね!」
小池「しかし男性はどういうわけかそのベンチの端に座っていた。他に誰も座っていないのに真ん中をあけるようにして。」
大池「あっ、、、れ?そう言えば。」
小池「しかも、そのあいたスペースは光が差して一番暖かいところだった。」
大池「えぇ、、、。」
小池「私がよほど不思議なのはそこなのです。まるで私を誘うようにこの席が空いていた、、、。あなた、、、もしかして?」
大池「順子が、、、逝ってしまったんです。私の最愛の順子が、、、。」
小池「やはり」
大池「いつも散歩をすると一番暖かいところに座らせる癖がついてたんです。それがあなたを誘う事になるなんて。これが縁、と言うものなのかも、しれませんね。」
小池「私があなたの順子になっても。構いませんよ。」
大池「おぉおお!!順子ぉおおお!」
小池無言でハグをして背中を叩く
大池「スラっとした足を組んで僕の隣で微笑んでいたのを忘れはしません。甘えん坊で、僕の腕枕がないと寝れなくて、友達が多くて気立てが良くて」
小池「別れというのはいつも突然でそれは逃れようのないものなのです、命というのは、、、儚いものです」
大池「えぇ、たった10年。もう少し一緒にいられたように思います。僕のせいかもしれません」
小池「いえ、死は誰にもコントロール出来るものではありません。決してあなたのせいでは。」
大池「いえ。少し甘やかしすぎたのではないかと思っているのです。ジャーキー上げすぎたのかなぁ」
小池「ジャーキー」
大池「人間の食べるものはあげないようにしていたのですが。」
小池「人間の食べるもの。」
大池「元々寿命の短めの犬種だとお医者さんもおっしゃってたのですが、近頃の大型犬の寿命で行くともう少し長生きできたんじゃないかと」
小池「あ、、、。大型犬。わんこ。お犬さん。」
大池「えぇ。」
小池「でも、スラッとした足って」
大池「あぁ、ボルゾイなんです。」
小池「ボルゾイ、、、。」
大池「ほんとに美しい、良い子でした。あ、いや。順子はまだ生きてるんでした。さ、行くよ、順子」
小池「あ。え?」
大池「行くところがないのでしょう。あ、私大池と言います。」
小池「小池、、、と言います。」
大池「じゃ、今日からは小池順子だね。」
モノローグ
小池「それが私達二人の物語の始まり。犬に嫉妬を覚えたのは生涯で初めてだった。ついでに言うと。苗字がそのままで名前だけが変わると言う経験も、初めてだった。」
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