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口紅の去り際
登場人物
桂 継子(35) 喫茶ポンパドール店主
桜沢佑(30) 喫茶ポンパドール勤務
BGM夢乃崎町のテーマ(曲募集中)
N「ここは何も起こらない町夢乃崎町にある喫茶ポンパドール。朝から何やら賑やな気配」
SE カランコロン
佑「いーゃあああああ!継子さんごめんなさい!遅れました!仕込みごめんなさい!間に合わ、ごめんなさい!」
継子「ごめんなさい音頭踊ってないでちょっと落ち着いて。別に大丈夫よ、元々一人でやってた店なんだから」
佑「そう言われるといてもいなくても同じみたいな、なんか」
継子「朝から面倒くさいわね。そんな事よりもう少ししたら開店よ。すっぴんのままでいいの?」
佑「いーゃあああああ!そうだったぁ!!」
継子「私は別に良いんだけどね」
佑「今40秒で支度します!」
継子「シータを助けに行くわけじゃないから、鳩も逃がさなくて大丈夫だから。ちゃんとお化粧してください。片目だけメイクしてるとか変でしょ」
がさがさとメイク用品を取り出す音
佑「あ、あれ…」
継子「ん?どうしたの?」
佑「口紅が」
継子「あ、無くなりそうだね。でもまだ掘り返せば使えるわよぉ」
佑「あ、いえ、そうじゃなくて」
継子「ん?」
佑「口紅使い切るの初めてなんです」
継子「あ~佑ちゃんよくそれ使ってるもんね。そもそも口紅って量が多すぎるよね使い切る間に流行りも変わっちゃうし、自分が飽きちゃうし、そのうちどっかに紛れてなくなる」
佑「そうそう!本当に~!でも、この口紅特別で」
継子「特別?」
佑「これ、父が亡くなった三日後に買ったんです」
継子「え」
佑「そう。え、ですよね。こんな真赤な口紅」
継子「あ、いやいや、そんな意味じゃ」
佑「別に口紅が無かったわけじゃないんです。でも、自分の周りにまとわりつくコールタールみたいな空気に耐えられなくて、立ち上がれなくなりそうで」
パチン、と口紅の蓋を閉める音
佑「負けないように、倒れないように、何かに縋り付きたくて。目に入った一番真赤な口紅を、気が付いたら買ってました」
継子「人にすがらず、口紅に縋るところが佑ちゃんらしいわね」
佑「そうですか?」
継子「と、思うけどね」
佑「でも、父の三回忌も終わって、その口紅も使い切って、これからが私の本当の自立なのかもしれません」
継子「そっか」
佑「はい」
継子「では、佑ちゃんの自立の第一歩として、本日も喫茶ポンパドール開店しますよ!」
佑「あぁそうだった!」
メイク用品をガシャガシャと片づける音
継子「だから落ち着いてったら」
佑「あぁ!!」
N「佑の手元から口紅が飛び出して弧を描く。その弧はまっすぐに、入って来たお客様のおでこに向かっていく。口紅はおでこに衝突してしまうのか、佑のメイクは無事終わるのか。次回も期待するような事は特に何も起こらない夢乃崎町に乞うご期待」
#小説 #散文 #フィクション #脚本 #下町 #夢乃崎町 #シナリオ #口紅
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