⑧今だからこそ考えてみたい。ジャッキー・チェンがハリウッドで成功したわけを。
こちらの記事の続きになります。
1987年にニューヨーク映画祭で「ポリス・ストーリー」が特別上映されました。
って事は、この時点でアメリカの映画関係者や超超超超コアなファンには、ジャッキー・チェンの名前がある程度知られていた事になりますね。
今回は少し話が進みまして90年代になります。
1980年にジャッキーは「キャノンボール」という映画に出演した話を書きましたが。当時でもスタントマン出身の監督さんというのは珍しい存在だったようです。
ジャッキーが初めてスタントマン出身の監督(サモ・ハン等は除く)と一緒に作った作品と言えば
これですね。「ポリス・ストーリー3」!!
製作総指揮:レナード・ホウ、ジャッキー・チェン
監督:スタンリー・トン
脚本:エドワード・タン、フィレー・マー、リー・ウェイイー
主演:ジャッキー・チェン
共演:ミシェール・ヨー、マギー・チャン、ユン・ワー
スタンリー・トン監督はレナード・ホウからの紹介だったようですね。
ジャッキー自身も、最も見ごたえのあるアクションシーンを実現可能にしてくれる存在として見ているようです。
ジャッキーの90年代というのは「プロジェクト・イーグル」以降、自分以外の今まで組んだ事のない監督さんとの作品ばかりが出てくるんですよね。
その間にハリウッドでの良い話がないかどうか探す&交渉→だいたい立ち消えのパターンが多いみたいですね。
「ブラック・レイン」とかもオファーがあったようで>高倉健さんや松田優作さんなどが出演されました。
この頃からシルベスター・スタローンとのやり取りも増えているみたいです。(スタローンから何度もオファーをしているけれど、ジャッキーが納得していないものばかりのようなのでまだ実現していませんが)
「デモリションマン」も出演していたら、今頃どうなっていたのかなー。
話をポリスト3に戻しまして
チャイバが収容されている護送車を襲撃、奪還のシーンはマレーシアのクアラルンプールで撮影されたのですが、アイデアは監督から出たものだという。
スタンリー・トン監督の作品って、かなり特徴的なのが
ロケ地の観光案内的な景色が結構ある
んですよね。スクリーンアーカイブズに書かれていた内容によると
監督が初めて作った映画でもクアラルンプールがロケ地に採用され、その時の信用が「ポリス・ストーリー3」にも生かされているという。
器物を破損せず、借りたものは必ず返す
この辺りもジャッキーに気に入られている一因のような気がしますね。
この作品の時に「マレーシア政府&軍全面協力」というのがありまして
確かにね、国が総力を上げて撮影協力しないと撮影できないだろうな~というシーンばっかりなんですよ。
ジャッキー・チェンというビッグネームの影響もありながらも
スタンリー・トン監督&撮影チームの信頼度の高さもあったんじゃないかと思えてきました。
ついでに役者のやる気を引き起こすのが上手い方なのかも知れないですね。
ポリスト3ではミシェール・ヨーがバイクに乗ったまま動いている貨物列車に飛び乗るシーンがあるんですが(普通に〇ねる)
ミシェールはバイクに乗った事はなかったらしいのですが、(同じくバイク初心者だった)監督と競ってバイクを習い、あのシーンを作り上げたようですね。
ジャッキーにも自分がスタントやって見せて、「これできますか?」とちょいちょい挑発してるイメージありますw
スタンリー・トン監督にどんな夢があるのかまではよくわからないですが
世界でも通用するような映画作品を作ろうとしているのは確かなのかもですね
ただ、一つだけ文句を言いたくなるのは
ジャッキーの役が、役を超えてしまって”ジャッキー・チェンそのまんま”になってしまっている時が多々あって
キャラがぶれっぶれやなと思う時はしょっちゅうありますね。>そんな事思うのは私ぐらいか💦
とにかく、この作品でジャッキーは世界でも通用する、自分のアクションを最大限に表現できる監督と出会ったわけです。
そして次なるアメリカ進出が始まると。
参考にしたスクリーンアーカイブズはこちら。
これは買いですよ✨
最後まで読んで頂き、ありがとうございます(^^)