助け合うから、2つ以上の仕事を持つ
2月頃のこと。私の学校でデンマーク語コースの先生をしているAnddersの姿をしばらく見かけないことに気付いた。
友達に「なんで最近Anddersは来ていないの?」と聞くと、「彼の奥さんが出産したから1ヶ月育児休暇を取ってるのよ。その間代わりの先生が来てるの」と言われた。
正直言って、私は少し驚いた。日本でも男性の育休を耳にするようになってきたとは言え、自分の周りで実際に1ヶ月間もの間育休を取る男性はいなかったからだ。それに対し、デンマークではごく当たり前のことのようだった。
友達にさらに詳しい話を聞くと、デンマークでは子どもが産まれると夫婦で32週間の育児休暇が取れるようになっており、その32週間を男性・女性どの配分で取るのか、どのタイミングで取るのかを夫婦の間で話し合って自由に決められる。授乳があるのでどうしても女性が多めになるものの、男性も1ヶ月近く育休を取るのは珍しいことではないそうだ。
(それでも北欧諸国の中でデンマークの男性育児参加率は低い方で、アイスランドやスウェーデンはもっと高いそうだ)
Anddersの代わりにやって来たのは、60代くらいの女性の先生だった。彼女は近くの街に住んでいて、もともと繋がりのあった先生から依頼があり今回ピンチヒッターを引き受けたそうだ。
彼女に話を聞いてみたら、こう話してくれた。
「私はずっと農業をしていたんだけど、年も取ってきて体力的に続けるのが難しくなってしまったの。だから数年前に農業をやめて、難民の子たちにデンマーク語を教える仕事を始めたのよ。今はそれがすごく楽しいの。今回は1ヶ月間だけだけど、教えるのはとても楽しいわ」と。
私は彼女のフレキシブルさに驚くとともに、Anddersが1ヶ月間もの間仕事を休めるのは「男性も育児に参加するのは当たり前」という男女平等感が社会に浸透していること。それに加えて「困った時はお互い様だから、お互いに助け合おう」というデンマークの精神を垣間見た気がしたのだ。
仕事の種類や立場にも拠るけれど、実際に1ヶ月間仕事を休むって、かなり調整と準備が必要なことだと思うのだ。親になる年齢の人はそれなりに責任がある立場にいる人も多いだろうし、長期間仕事を休むには「物理的に可能かどうか」というハードル以外にも「周囲の理解があるか」ということもかなり重要だ。社会全体に「お互いに助け合おう」という精神がなければ、なかなか実現できないことだと思う。
なぜこの「お互いに助け合う」ことがごく自然とできているんだろう?と思って友達に聞いてみたら、デンマークの学校ではこう教えられるそうだ。
生きる上で一番大切なのは、お金持ちになることでもいい会社に入ることでもなく、「助け合うこと」だと。
そして代理で来た先生だけでなく、ふと周りを見ると「2つ以上の顔」を持っている人が普通にいることに気付いた。
普段は学校で壊れた家具を直したり、イベントで使う什器を用意したり、日本の学校で言う用務員さんのような仕事をしているHolger。彼はギターが好きで、生徒が誕生日を迎える日には必ずギターを抱えてハッピーバースデーの歌を歌ってくれたり、オープンマイクという学校で開催するライブイベントでは友達とバンドを組んでステージに立ったりする。
普段は学校の事務全般を担当しているEvaは、週1回の選択授業の日には養蜂を教える先生になる。Yogaクラスの先生Nanaの旦那さんも、普段はフリーランスとして働きながら週に1回学校に来て選択授業の先生をしている。
彼らは誰かを助けるというよりも学校の仕事として掛け持ちしてるという感じだけど、いくつかの顔を持っていることで、Anddersのように長期間休まざるおえない人がいた時に、助けになれる可能性は広がるだろう。
日本でも少しずつ働き方が変わり、複数の仕事を持つことが珍しいことではなくなりつつある。
ただ、日本で複数の仕事を持つ理由は「何が起こるかわからない時代、会社での仕事以外にも仕事を持っていた方が安全だから」、「2つ以上の収入源を持っていた方がいい」そういう理由から複数の仕事を持とう、と推奨されているように感じる。
もちろんデンマークでもそういう理由で複数の仕事を持っている人もたくさんいるだろうし、デンマークと比べて社会保障が少ない日本ではこれからに備えて複数の仕事を持つことは自然なことだと思う。
ただその視点だけだと、自分や自分の家族を守るためだけになり、他人に何かあってもそれは自己責任だ、という考え方になってしまう危険性も孕んでいる気がしている。
「複数の仕事があった方が安全」という視点以外にも、「誰かに困ったことがあった時に、自分のスキルで誰かを助けられる」という視点があること。自分のスキルを必ずしもお金に変えるのではなく、身近な誰かを喜ばせたり、生活を豊かにするために使うこと。
そしてそういう人が周りにいることで、困ったことがあった時に素直に助けが求められること。
多くの人がそういう視点も持っていくつかの仕事を持っているとしたら、それはとても幸せな社会なのではないかと思う。
人間、誰しも完璧じゃない。でこぼこな1人ずつの集合体が社会だ。だからこそ、お互いの足りないところを助け合って補い合おう。そんなことが自然と根付いているデンマークの社会に学ぶことはまだまだ多いなと感じている。