「ラザロの復活」ヨハネの福音書11章1〜52節
今日のお話は、死んだ人がよみがえるお話です。
”よみがえる”ってなんでしょう?”復活”と似ているかもしれません。
今日のお話を聞きながら、よみがえるとはどういうことなのか一緒に考えてみよう。
今日出てくる人は、ベタニア村に住んでいる3姉弟です。
マルタさん、マリアさん、ラザロさん
ラザロさんは、病気で寝ています。この病気はこのままにしておくと死んでしまう病気でした。
ラザロさんを助けるために、イエス様を呼んで治してもらおうと考えました。
使いの人をイエス様のところに送って、早く来てもらうようにお願いしました。
イエス様はどうするでしょう?
1、すぐにラザロさんのところに行って死なないように病気を治した。
2、イエス様を捕まえようとするユダヤ人たちがいる場所に行った。
3、自分では治せないから、早く病院でお医者さんに診てもらうように言った。
イエス様は、ラザロさんのことが大好きでしたが、これから神様のすごさがみんなにわかるようにするために、すぐに駆けつけなかったのです。イエス様は、自分を捕まえようとするユダヤ人たちのところへ行かれたのです。
そうして、4日がたち、イエス様は、ベタニア村のラザロさんのところにようやく向かいました。しかし、ラザロさんはもうすでに死んでしまっていて、お墓に入れられていました。
姉妹のマルタさんは、イエス様が来たことを聞いて、迎えに出ました。
「もし、ここにいてくださったのなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と、マルタさんはイエス様が病気を治す力を持っているお方であることを信じていたのです。しかし、死んでしまってはもう遅いと思っていました。
そんなマルタさんにイエス様は、言いました。
「あなたの兄弟はよみがえります。」
”よみがえる”という言葉は、はじめに出てきました。どういうことでしょう?
マルタさんは、世の終わりの日が来るときに、死んだ人が生き返ることは知っていますと答えました。
イエス様は、とても不思議なことを言いました。
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。それを信じますか?」
イエス様こそが、世の終わりの日に死んだ人を生き返らせることができるお方であり、永遠のいのちをもつために必要なお方であるというのです。
それからマリアさんもイエス様のところに行き、マルタさんと同じような話をして泣いていました。すると、イエス様も心が揺さぶられて、涙を流されました。イエス様も人として死を悲しんだのです。
そうして、ラザロさんのお墓の前にいくと、「墓の石を取り除けなさい」と言いました。ラザロさんが死んでから4日も経ち、身体は腐ってきているのに、イエス様は何をしようとしているのでしょう?
1、ラザロさんの死体を見たかった。
2、ラザロさんの死体に手を合わせて拝むため。
3、ラザロさんがよみがえるため
イエス様はお祈りをして、「ラザロ、出てきなさい」と叫ばれました。
すると、墓の中から、ラザロさんは、長い布で巻かれたまま出てきました。
ここにいた多くの人々は、イエス様がなさったこの奇跡を見て、イエス様を信じました。
今日のお話は、イエス様がすごいことをなさったお話です。普通なら信じられないことです。どんなことをしましたか?
イエス様は、マルタさんに、わたしは〇〇です。と言いました。なんでしたか?
みんなは、このことを信じますか?
イエス様がよみがえりであり、いのちであることを
イエス様を信じる者は、死んでも生きるということを
残念ながら、ラザロさんは一度生き返っても、また死んでしまいました。この奇跡は、永遠のいのちのよみがえりではありません。しかし、みんながイエス様をよみがえり、いのちであると、死んだ人を生き返らせる力があると信じているなら、永遠のいのちを得ることができます。イエス様のもとで永遠に生きることができるのです。素晴らしい喜びです。