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【趣味と娯楽】 十分推せなかった推しの後悔と今を生きる

こんにちは。すうちです。

12月はゆっくりのんびり過ごせるはずだったのに予想と違って毎日慌ただしく、先週は少しバテ気味で師走の言葉を実感しています。

今回は、第三者から見ると大した話でないと思えても、個人的にそれなりダメージがデカかった出来事。それに関する思いをただ書いた話です。

タイトル画像は、TOMOさんのイラストです。ありがとうございます。


十分推せなかった推しの後悔と今を生きる

noteでショックだった出来事

ある日、気づいたらフォロワー数が減っていた(それは珍しいことではないし、今回の本題ではない…)。そして同時にフォロー数も減っていた。

直近は自らフォローを外した記憶はないので、その場合、フォローしている誰かがnoteを去られたということだ。

そういえば、頻繁に投稿されてたあのアカウントを最近見かけない。noteで確かめてみる。検索しても出てこなかった。

その方は、日々の何気ない話をnoteにつづられていた。これは想像だが、たぶん近い年代で趣味や思考も何となく似てた気がする。

頻繁に投稿されてたので、さすがに全部は読めてなかったが、自分の中で記事を読む時はちょっとした和みの時間だった。

「noteを始めてもうすぐ1年」と言われていた。これまでその方にコメントしたことはなかったが、1周年のあかつきには、何かコメントを送ろうかと勝手に思っていた。

しかし、もうnoteにその方は居ない。

もっと早く「いつも読んでます」でもコメントした方が良かったのだろうか。。。しかし、ただ単純にコメントするのも気を遣うし、それなりハードルもある。

もう、あのnoteは読めない。何か急にnoteを辞める事情があったのだろうか。。そう考えると何とも言えない淋しさとざわついた気持ちになった。

今更それを考えても仕方ないが、ショックな出来事だったのは違いない。

noteで繋がった繋がりは、ある日突然消えてしまうこともある。noteをどうするかはその人自身が決めることだ。そしてそれは他者にはコントロールできない。

実際の人付き合い(昔の知人など)の場合、疎遠になると繋がりがぼやけていく感覚はあったが、デジタルの世界はそれが目に見えるから明らかだ。

noteを離れてしまわれたのはとても残念だが、その方がnoteでつづられてた毎日をどこかでおくられている姿を、今でも思い浮かべることがある。


昔は推しのバンドやアイドルがいた

最近すっかり感度が落ちてしまったが、若い頃は流行りの曲も含め音楽にどっぷり浸かった生活をしていた。聴くのはもちろんだが、インドア派ながら野外ライブに参加したり、自分でも楽器を弾いて楽しんでいた。

過去にかなりハマったバンドがある。熱狂的なファンではなかったが、ライブは年に1、2回は行ってたし、新譜も出れば必ず聴いていた。

ある時、いつも通りライブチケットの告知があったが、その時は忙しい時期と重なり、何となく「また次の機会でいいか」と思ってスキップした。

その年、そのバンドは突然解散した。解散ライブは開催されたが、チケットは争奪戦で直接参加することはできなかった。

しばらく心の空白期間があり、何かにハマることはなかった。

それから数年。どういう経緯か忘れたが、ふと耳にしたアイドルの曲があった。衝撃が走った。語彙力が足りなく上手く言えないが、松田優作さんが刑事ドラマで殉職じゅんしょくした時のあの有名なセリフのような感情だった。

そんなアイドルの曲は「一体、何回転調するんだ」「サビ来たと思ったら更に大サビ来た」「何だこの変則リズムやバックバンドの超絶技巧は」など、今までのJ-popや洋楽と全然違う新しい世界だと感じた。

そうしてハマったアイドル(アーティスト)達が居たが、この時も熱心なファンとは言い難いゆるい推し活だった。別にそれはそれでありだと個人的には思うが、告知されるライブも「また次の機会があるだろう」と考えていた。そうしている間に推しメンバの脱退やグループ自体の解散(活動休止)の出来事が重なった。

その記憶もあって最近ハマるのが怖い。先日開催されたワールドカップのSNSで「自分が試合を観ると負けるから試合は見ない」というコメントも見かけたが、それに似た感覚かもしれない。

ハマったアーティスト(バンドやアイドル)は解散・活動休止する説

今回あえて具体的な名前を伏せたのは(全く論理的な根拠に欠ける話ではあるけれど…)そんな妄想を少し持っているからだ。

また、いつでも会えると思っても、ある日、突然叶わなくなることもある。

将来また推し活するかはわからない。ただ自分の場合「またいつか」の安易な気持ちで何度も後悔した。今そこに存在してくれている事が人生の一瞬の接点だとわかってなかった。

これらの話はもう何年も前だけど、今年も某グループのメンバ脱退や活動休止のニュースがあった。「推しは推せる内に…」その頃の何とも言えない気持ちを思い出した。


最後に

少し話は変わって、親の視点から我が子を見ていると、目の前のことや今を楽しむことが最優先であまり先のことは考えない「今を生きる」世代と感じる事がある。

同じ年齢だった頃の自分を振り返ると、曲がりなりにもぼんやりと将来のことを考え始めた時期でもあり「そろそろ将来に向けた自分への投資も必要」という話を本人に力説しても余り響いた感じはない。

ちなみに、我が子はあるアイドルの「推し」がいる。さすが血は争えないと思ったが、正直、私以上の力の入れようだ。仮にその推しの方が前述の私と同じことを本人に言ってくれたら200%響く気がする。

それはともかく(受験勉強や冴えない毎日を送ってた自分の学生時代と違い)子供の姿は、学生生活や休日を満喫しているようだ。

何があるかわからない先の見えない時代。「今を楽しんで生きる」というのは時代に即した本能的な行動かもしれない。


今週はnoteの時間が余りとれず、冒頭の話から無理やり着地した感はありますが…

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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