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【エッセイ】使いかけのハンドクリーム

 引き出しを片付けていたら、使いかけのハンドクリームが出てきた。それも、3つも。

 あら、こんなところにいたんだ、と手に取って、机の上に並べてみる。蓋を足のようにして、行儀良く整列する姿は、なんだか健気だ。

 左から、レモン柄、花柄、無地。

 アルミチューブのレモン柄と花柄は、所々へこんでいる。少し歪んだその体で、お互いにおしゃべりしているようにも見える。
 右側の無地は、白くてハリのあるプラスチックの肌だ。ちょこんとした佇まいでこちらを見ている気がして、少し恥ずかしい。もしかしたら、レモンとバラも、「こんなところに入れっぱなしにして」とこちらをチラチラ見ながら2人で口を尖らせているのかもしれない。

 どの子も、いつ、どこで、だれにもらったか覚えている。
 どれも自分で買っていないところが、なんとも私らしい。

 大人になってから、ハンドクリームをもらう機会が多くなったように思う。結婚式の二次会で、お礼の品で、誕生日のプレゼントで、そうして我が家にやってきた、目の前のハンドクリームたち。

 なにも、気に入らなかったわけではないのだ。なのに、なんでこんなに、中途半端なことになってしまったんだろう。

 どれも使えば肌に馴染み、いい香りがする。レモンとバラは、絵柄のままの香りが、無地は桃の香りがしたはずだ。
 ポーチから出し、手にぬりこむたびに、その香りにホッとして、心が弾んだ。

 でも……、と思い出す。

 香りで気分が上がると同時に、周りの人たちがこの香りをどう思うか……と考えてはこなかったか。

「私には心地よい香りでも、他の人は?」

「そもそも、職場でこんな香りを漂わせて大丈夫?」

 結局、周りの目が……この場合は鼻が? 気になって、だんだんと手が伸びなくなっていった気がする。
 そうしていつも、自分で買った、青いチューブに白文字のあの子に落ち着くのだ。


 と、ここまで書き綴ってから、なんとなくモヤモヤした。

 本当の理由は、これではないような、そんな感覚。

 本当の気持ちというのは、大抵うまいこと隠れていて、見つけるのがむずかしい。モヤモヤを一つ一つ脇によけるように、絡まった結び目をほどくように、自分の心と向き合ってみる。

 そして、気づいた。


 つまるところ私は、恥ずかしかったのだ、と。


 香水はおろか、ネイルもしない、化粧すらしない私が、手からいい香りをさせていることに、私自身が耐えられなかっただけなのだ。

 周りがそんなことを思うわけもないのに、「似合わないことをしている」「調子にのっている」と思われるのではないかと、キョロキョロしていたこと。一方で、「いい香りだね」と褒めてもらえるのではないかとソワソワしていたことまで思い出してきた。

 穴があったら入りたい、とは、まさにこのこと。布団にもぐりこんで、のたうちまわりそうだ。

 こう言ってはなんだが、普段、香水をつけないことにも、ネイルをしないことにも、化粧をしないことにだって、引け目を感じたことはなかった。幸い、それが許される職場だったし、そこに時間をかけることにあまり意義を感じていなかった。

 しかし、自分の中の羞恥心に気付いた今、バッチバチに顔と爪を彩って、いい香りを纏うのもおもしろいんじゃないかと口角が上がっている。
 やってみて、なんか違うな、と思ったら、「しないしないづくしの私」に戻ってくればいい。

 とりあえず、この貴重な気付きをくれたハンドクリームたちには、出番までもう少し、引き出しの中で眠っていてもらおう。



#クリエイターフェス #エッセイ #ハンドクリーム #ハンドケアの日 #化粧

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