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檸檬と夜

檸檬は私に言った。

『今から夜を迎えに行くよ』と。

そして檸檬は、車の扉を開けた。
おそらく年代物だろう。私の目の前にあるのはかなり年季の入ったクラシックカーだ。

檸檬にエスコートされ、私は助手席に乗り込む。そして問う。

「夜はどこにいるの?」

檸檬は答える。

『夜はいつも同じところにいるんだよ。ただ、さっき君と出会う前に蜜柑に会ったからさ、多分まだ時間かかっちゃうと思うなあ。』と。

確かに檸檬との集合の際、ほんの少しだけ柑橘系の香りが鼻を掠めた。

私は蜜柑が何者なのかは知らない。ただ檸檬の話を聞く限り、蜜柑というのは彼の親友であるグレープフルーツの親戚みたいだ。

『いつも夜にはほんのちょっとしか会えないんだ。けれど今日は会える気がする。』

意気揚々と檸檬はアクセルを踏んだ。


『ねえ、ほんの少しだけ寄り道してもいい?』
暫く進んでから檸檬が私に問いかけた。

「いいよ?」
よくわからないが、檸檬が言うのだからきっと、夜を迎えに行くためには必要なことなのだろう。

しかし夜を迎えに行く道中、寄り道ばかりしている。出発してから既に狼やミミズ、鹿、チョウザメに会った。

雪の中で苺に会った時に貰ったピンク色の花束もまだずーっと後部座席に積んである。

「ねえ檸檬、寄り道はこれで終わり?ほんのちょっとってさっきから何度も聞いているんだけれど。」

『ごめんね。次の寄り道ではとうもろこしに会うんだけど、これで寄り道は終わりだよ。』
檸檬は淡々と続ける。
『運が良ければ、とうもろこしと一緒に夜もいるはずなんだよね。』



「…っていう夢を見たんだ。」

「何だよそれ難しい夢見てんな。お前がジョバンニで俺はカムパネルラ?宮沢賢治もびっくりだよそんな夢。」

想定外だ。
こいつなら感動してくれると思ったのに、隣に座る友人は目の前の団子に夢中だ。

「でもさ、気付かない?お前ならわかると思ってこの話してんだけど。」

「まあ色んなものが擬人化してることを考えないでおくと、物語として成り立たなくはないよなと思うよ。けどさ、お前が見た夢の話なんてこんな月見しながらわざわざ話すようなことか?とは思うけど。」

友人はそう吐き捨てた。が、途中で何か閃いたらしく、団子を食べる手を止めた。

「いや待てよ、お前なんて言った?
檸檬がとうもろこしを迎えに行くんだっけ?」

そう言って友人は何かを調べ始めた。

「そうだって言ってんじゃん。ねえ、お前も気付いた?」

「気付いたよ!超すごいじゃん、今日のために見た夢だな!!お前どれだけ十五夜を楽しみにしてんだよ(笑)」

友人は笑った。

友人が持つ小さな画面に表示されていたのは

1月 ウルフムーン
2月 スノームーン
3月 ワームムーン(ミミズ)
4月 ピンクムーン
5月 フラワームーン
6月 ストロベリームーン
7月 バックムーン(雄鹿)
8月 スタージョンムーン(チョウザメ)
9月 コーンムーン

という文字。

夢の中では、

グレープフルーツは朝日
蜜柑(オレンジ)は夕日

そして檸檬は月。

つまり月が夜を探しに行く。

今目の前で輝く大きな満月。
十五夜なんて友人に誘われるまで紙の上に存在するだけの行事だったが、初めてこうやって月を眺めると悪くないもんだなと思う。

そしてこの満月も、自分が輝く最高の夜をこうやって探しに行った結果だといいなと思いながら、また団子に手を伸ばした。

檸檬が夜を迎えに行く夢をみたので。

2020年は中秋の名月は10月だけれど、それに間に合うように、9月まででおはなしを。満月はこうやって出会った結果だと良いのに。





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