教師から子どもへの性暴力を真摯に描く 漫画『言えないことをしたのは誰?』さいきまこさんインタビュー
初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2021.08.21 17:00
ここ数年、「教師から子どもへの性暴力」が報じられることは珍しくなくなったが、「まさか自分の周りで起きるわけがない」「一部の悪い教師がやったことで自分には関係ない」と思っている人もいるかもしれない。
文部科学省によると、令和元年度にわいせつ行為等で、懲戒処分などを受けた教員は273人で、うち自校の児童・自校の生徒・18歳未満の自校の卒業生が被害者だったケースは127名だった。約半数が通っている・通っていた学校の教員からの被害である。
これはあくまで明らかになっている被害数で、性暴力被害には暗数が多いと言われていることから、実際はもっと多くの被害者がいると推測される。子どもを守るためには「あるわけがない」という思い込みを捨てることが、第一歩ではなかろうか。
では、学校の性暴力とはどのように起きているのだろうか。学校での教師による生徒への性暴力を描いた漫画『言えないことをしたのは誰?』(講談社)はフィクションでありながらも、作者のさいきまこさんが学校や被害者に丁寧に取材を重ねて描いている作品だ。
さいきまこさんに制作の背景や、抱いている問題意識について話を聞いた。
さいきまこ
漫画家。教師による生徒への性加害を描いた『言えないことをしたのは誰?』連載中。著書『陽のあたる家~生活保護に支えられて』『神様の背中~貧困の中の子どもたち』『助け合いたい~老後破綻の親、過労死ラインの子』など。
想像で描くことはセカンドレイプになる
元々、貧困や労働、女性が直面する社会問題など、格差に関するテーマを取材し作品を描いていたさいきさん。本作はそういった問題を「子どもの側から見たらどうなるのか?」と疑問を持ったことが始まりだった。
さいきさん:子どもは何か家庭に問題を抱えていても、自分の家しか知らないため問題に気づいていなかったり、「他の家と同じように見られたい」という思いから、一生懸命隠してしまうんです。そういったとき、比較的気づきやすいのが養護教諭、つまり保健室の先生だと聞きます。養護教諭は、学校で唯一生徒をジャッジしない立場であり、保健室でなら打ち明けられる子どももいる。社会問題を保健室の先生の目を通したらどう見えるかというのが、制作のきっかけでした。
当初テーマとして挙げた題材は8つほどあり、その中の一つが「教師から生徒への性暴力」であった。
漫画はフィクションだが、教師から生徒への性暴力は、現実に存在するもの。さいきさんは「取材を重ねるうちに想像で書いてはいけない題材だと強く感じた」と話す。
さいきさん:本来、フィクションは人の気持ちを想像して書くものです。ですが、この題材は想像で描くこと自体が、セカンドレイプになると気づきました。社会では「女性側にスキがあったのでは」「そんな服装をしていたから」「本当は喜んでいた」など、レイプ神話と呼ばれる偏見がはびこっていて、想像のベースはレイプ神話になってしまいます。
取材を始めてから、私の中にも偏見があることに気づかされ、全部そういった思い込みを捨てなくてはいけないと思いました。そのためには、被害を受けた日から被害者の身に何が起きているのかを知らなければなりません。正しい知識を得たうえでフィクションとして構成し直さないと、嘘よりも酷い、二次加害になってしまいます。
以前、貧困問題をテーマにした作品を描いたときにも、私自身は大した困窮も経験せず、心身共に健康で生活ができているなかで、「所詮想像は想像の範囲内でしかない」と思い知らされました。殊に性暴力被害については、解離などの症状が現れることが、心理学的にわかっています。健康な心身の状態で「自分だったらこうするのに」と想像すること自体が、傲慢な行為だと思います。
生徒から好意を打ち明けられた時、大人としての責任とは
本作は主人公である養護教諭・神尾莉生のもとに、一本の電話がかかってくるところから始まる。電話主は<あなたの学校に時限爆弾が仕掛けられてる><今も犯人はそこにいる あいつがいる限り犠牲者がまた出るっ…>と告げた。それを機に、莉生は学校で教師による生徒への性暴力が行われていることを知る。
莉生のモデルとなった先生はいるのだろうか。
さいきさん:モデルはいないです。現役の先生で、実際に教師による生徒への性暴力が起こる可能性を考えている先生は、私が取材した範囲では皆無でした。「見たことも聞いたこともない」と言われたり、一部からは「こういうことを描かれると困る」といった空気も感じました。
学校として「教師による子どもへの性暴力」は生徒の暴力被害ではなく、学校の不祥事と捉えているような印象もあります。「起きてはいけないこと=起きるはずのないこと」というバイアスを強く感じてきました。また、性暴力被害者は被害を被害と認識できるまでに何年もかかるため、現場でも気づくのは困難でしょう。莉生も電話がかかってこなければ、気づかないままでいたと思います。
連日体調不良を訴える女子生徒が、実は被害に遭っていることに気づいた莉生。生徒のために奔走するのだが、周囲の教師からは白い目で見られ、職員室で孤立してしまう。
さいきさん:本作は内部告発の話でもあるんです。教師から生徒への性暴力が行われれていることを教師が明らかにしたときにどんな目に遭うか。実際に、スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク代表の亀井明子さんは、池谷孝司著『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』(幻冬舎)で、同僚教師の性暴力に気づいて解決に動いたところ、ほかの教師からすさまじい嫌がらせを受けたことを告白しています。
「教師から生徒への性暴力」というと、「嫌だったけれども、先生だから断れなかった」「先生の言うことだから聞かないといけないと思っていた」といったケースを思い浮かべがちだ。しかし、『言えないことをしたのは誰?』では、加害教師から特別扱いをされたことを機に、加害教師に好意を寄せる生徒も描かれる。
さいきさん:性交同意年齢引き上げの話(※)や、成人と18歳未満の関係性において「未成年の方から言い寄るケースもある」と主張する大人がいます。確かに、子どもが大人に好意を抱いたり、生徒から先生に告白することは、実際にあるでしょう。ですが、大人と子どもとでは、立場が不均衡です。「教師と生徒とでは対等な関係でないから気持ちには応じられない」と断ることが、大人の責任ではないでしょうか。
まだまだ教師から生徒への性暴力の実態は知られておらず、教師がわいせつ行為で懲戒処分を受けた報道の見出しに「交際」「不倫」という言葉が用いられることもあります。対等ではない関係性が「交際」「不倫」といった恋愛関係を思わせる言葉で報道され、世間はそれを受け入れていいのでしょうか。
一般的にイメージされやすい被害者像だけでなく、生徒側に好意があっても、圧倒的に弱い立場である生徒と性的な関係を持つのは「性加害」であることは、言っていかなければならないと思っています。
※性的同意年齢とは、性行為をするかしないか自分で判断できる年齢のことであり、日本では13歳と定められている。13歳以上の者に対する性交やわいせつな行為は、暴行・脅迫があったことを示さなければ、罪に問えない。日本の性交同意年齢は他国に比べ低く、被害当事者団体や被害者支援団体を中心に、引き上げを求める声があがっている。
莉生は他の教師から冷たい目で見られることにも負けず、子どもを守ろうと向き合い続ける。だが、あるとき被害生徒の一人である紗月から「私の気持ちは神尾先生の気持ちじゃない」と拒絶されるのだ。
さいきさん:多くの方は「教師から子どもへの性暴力」をテーマにした漫画と聞くと、「正義感の強い教師が、孤軍奮闘する話」と想像すると思いますが、それは支援の仕方から見ると望ましくありません。
主人公が正義感と善意で突っ走ることは王道漫画としては正解で、一般的な漫画のセオリーに従えば、紗月は「先生のおかげで救われた」と涙を流し、感謝を示すでしょう。その方が読者に受け入れられやすいと思いますが、それは現実には起こりえないことで、そういった結末にすることも、現実の被害者へのセカンドレイプになります。
ただ、自分の気持ちを押し付けることが被害者の負担になるということは、性暴力支援に関する専門的な勉強をしたり、周りに被害者支援の専門家がいなければ気づけないことです。そこで、本作ではスーパーバイザーの立場として、元養護教諭の安達を登場させました。安達の存在がきっかけとなり、莉生を取り巻く状況は上向いていきます。また、安達がなぜ現役ではなく「元」養護教諭なのかも明かされます。
エンタメを切り口に社会問題を知る
読者からは「私も被害に遭っていた」「保健室に置いて子どもが読めるようにしてほしい」といった声や、莉生への応援メッセージ、また漫画を通じた啓発への感謝の言葉も届いているという。
さいきさん:知識があれば被害を防げたり、被害に遭いそうになっても回避できる可能性があるので、本作が「教師から子どもへの性暴力」を知るきっかけになったらと思っています。被害者支援を行っている人から聞いた話では、報道やメディアで取り上げられた後は、被害の訴えが増加するそうです。情報を得ることで「あれは被害だったんだ」と認識できるようになり、声をあげるきっかけになっています。
「教師から子どもへの性暴力」に対する問題意識だけでなく、話そのものに入り込み、莉生を応援しながら、「早く次が読みたい」という気持ちになる『言えないことをしたのは誰?』。社会問題を題材にしているものの、「続きがどうなるのかと、ドキドキしながら読んでもらうのが一番です」とさいきさんは語る。
さいきさん:私が社会問題への意識を持って書いているからといって、読者に自分の思うように読んでほしいと押し付けるつもりはありません。前面に「これは社会問題の漫画です」と伝えると、あらかじめ問題に興味がある人にしか届きにくくなってしまう面もあるんです。エンタメとしての切り口から入ることで、現実の社会問題も知ってもらえる可能性が、漫画にはあると思っています。
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※情報は初出掲載時当時のものです。