「そのさよなら、代行します」シナリオ

 テレ東さんのドラマシナリオコンテストに応募します。既にあらすじを投稿していたものを脚本に直しました。お題はこちら。

〈あらすじ〉

 別れは相手の前から姿を消せば成立する。それなのに依頼人は人を雇ってまで別れを告げる。さよならメッセンジャーに依頼することで相手を大切に思っていることに気付き、元の鞘に収まったカップルもいるのだ。
 なんて説明を受けた新人、中矢一樹が初めて担当する案件の話。

 元彼ときれいに別れたいという依頼に「これは元鞘パターンも」と内心ワクワクしていた一樹だが、話を聞いているうちに違和感に気付く。
 この元彼、もしかしてストーカー?
 依頼人の野島沙良は「警察は何か起こってからでないと対応してくれないから」と頭を下げる。

 頭を抱えていたところ、沙良と会っていた一樹を「新しい彼氏ではないか」と勘繰った元彼が乗り込んでくる。一樹が殴られ、元彼は警察に逮捕されて依頼は意図せぬ形で成功する。
「一樹くん、この仕事向いてるよ」
 次の依頼を押し付けられた一樹が叫ぶ。
「こんな仕事、命がいくつあってもたりません!」


〈脚本〉

〇事務所

   さよなら代行業者の事務所。所長の高平誠から仕事の説明を受けている新人の中矢一樹。

高平「いいか、俺たちの仕事は依頼人の代わりに別れを告げることだ。そもそも別れというものは相手の前から一方的に姿を消せば成立させられる。それなのに依頼人は人を雇ってまで別れを告げる。どういうことか分かるか」

   首を捻る一樹。

高平「別れを告げる相手のことを考えているんだよ。その人を傷付けないようにとか、前を向いてもらえるようにとか、別れると言いながら大切に思っていることは珍しくない。時には忘れてほしくない、なんて未練タラタラなこともある」
一樹「なるほど」
高平「さよならメッセンジャーを頼んだことでお互いの気持ちに気付いて、別れるはずだったカップルが元の鞘に収まった。なんて事例もあるんだ」
一樹「はあ、すごいですね」
高平「だから俺たちの仕事は常に素敵な別れを考える必要がある。例えば依頼人が『相手が嫌いだから会いたくないだけ』だと言ってきたとしても、さよなら代行を頼んだ以上はその相手を無下にできないと思っているわけだから」
一樹「分かりました」

   一樹の返事を認めた高平が書類を取り出す。それを一樹に渡しながら、

高平「というわけで最初の仕事だ。行ってこい」


〇喫茶店

   店内で話している一樹と依頼人の野島沙良。テーブルの上には二人分のコーヒーと高平から渡された資料。

一樹「別れを告げたい相手は元彼氏……元彼って既に別れてますよね?」
沙良「ダメですか」
一樹「ダメじゃないですけど、どういう状況なのかなって」
沙良「彼が別れた後も結構連絡をしてくるんです。それをやめてほしくて」
一樹「ああ、新しい彼氏とかいるんですか」
沙良「……」
一樹「失礼しました。ご依頼とは関係ないですよね」
沙良「……そういう相手がいたら、わざわざ代行業者を頼んだりしません」

   沙良が一樹に不安げな視線を送る。

一樹「あ、そうか。本当に失礼しました」
沙良「いえ……」

   一樹が改めて資料に目を通す。元彼、町田譲の顔写真が目に留まる。

一樹「(呟くように)連絡してくるってことは彼の方はまだ好きなんだな」
沙良「え?」
一樹「ああ、もちろんご依頼通りお別れしますよ」
沙良「お願いします。ようやく別れるって決めたのに」
一樹「ようやく?」

   × × ×

   事務所で「元鞘に収まったカップル」の話を聞いた場面のフラッシュ。

   × × ×

   一樹が何か思いついたように頷いて、

一樹「それがお互いのため、みたいな?」
沙良「そう、ですね」
一樹「なるほど」

   一樹の顔が若干ニヤけている。

沙良「彼が私を好きでいてくれるのはわかります。でも、なんて言うか……そこまでするものかな」
一樹「え?」
沙良「何度も何度も電話が掛かってきて、私そんなに信用なかったのかな。このままじゃダメだよって言った時も、他に男がいるのかって」
一樹「えっと……」
沙良「彼、職場にまで押しかけてきたんです。たぶん引っ越して住所がわからなくなったら」
一樹「失礼ですけど……あなたの元彼って」
沙良「いわゆるストーカーってやつかもしれません」
一樹「かもしれないというか、どう考えてもストーカー」
沙良「……」
一樹「すみません」

   一樹が頭をくしゃくしゃするなど考え込む。

一樹「あの、この件はさよならメッセンジャーより警察に相談した方が」
沙良「でも警察って何か起こるまでは何もしてくれないって言いますよね?」
一樹「ああ、まあ」
沙良「さよならメッセンジャーさんは『素敵なお別れ』をモットーにしているんですよね?」
一樹「まあ、はい」
沙良「よろしくお願いします」

   沙良が頭を下げる。頷くしかない一樹。


〇路上

   先に喫茶店を出た一樹。いくらも歩かないうちに立ち止まり、溜め息を吐く。

一樹「どうすっかな」

   途方に暮れていると、突然後ろから肩を叩かれる。振り返ると町田譲が立っていた。

町田「お前、沙良と会ってたろ」
一樹「え?」
町田「沙良の何なんだよ」

   咄嗟のことで一樹は反応できない。

町田「いい、沙良に聞く」

   町田が喫茶店の方へ歩いていこうとする。

   × × ×

   資料にあった写真のフラッシュ。

   × × ×

   一樹が慌てて町田を引き留める。

一樹「ちょっと待ってください」
町田「何だよ」
一樹「えっと……あなたを野島沙良さんに会わせるのは非常にまずいというか」
町田「は?」
一樹「分かります、分かります。何言ってるんだコイツって感じですよね」

   町田が一樹の手を振りほどこうとするが、一樹もしっかりとしがみついている。

町田「離せよ」
一樹「離したいのはやまやまなんですけど、こっちも仕事が……あ、いや」

   一樹は自ら腕を振り払い、一歩前に出る。

一樹「あんたが睨んだ通りだよ」
町田「は?」
一樹「俺が、沙良さんの新しい彼氏だ。だから……沙良さんにはもう近づくな!」

   一瞬、きょとんとする町田。しかしすぐに表情をゆがめて、

町田「何言ってんだてめえ」
一樹「あ、えっと」

   町田が一樹に掴みかかる。

一樹「待って待って。そういうの、よくないと――」

   町田に殴られる一樹。助けを求めようと辺りを見回す。一人の通行人と目が合うが、さっと逃げられる。

一樹「ええ?」

   再び殴られる一樹。その時、沙良が喫茶店から出てきた。

一樹「沙良さん! 警察!」

   二人に気付いて驚く沙良。町田もそれに気付いて沙良の方へ向かおうとするが一樹が必死に引き留める。

一樹「早く警察に……『何か』が起こりました!」

   急いでケータイを手に取る沙良。

   × × ×

   パトカーのサイレンと警察官に取り押さえられている町田。


〇事務所

   満身創痍の一樹と上機嫌の高平。

高平「いやあ、お見事だったね」
一樹「はい?」
高平「まさかストーカー男を警察に捕まえさせてしまうとは。完璧なお別れだ。一樹くん、この仕事向いてるよ」

   高平が一樹の肩を叩く。傷に響いて顔をゆがめる一樹。

高平「じゃ、次の仕事」

   書類を突き出す高平。

一樹「……はい?」
高平「父親と縁を切りたい息子の依頼。下手に顔合わせたら血を見そうな案件だけど、まあ一樹くんならサラッと別れておしまいだよ。よろしく」

   一樹、書類を机に叩きつける。

一樹「こんな仕事、命がいくつあってもたりません!」

                               〈了〉

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