Vol 6.0 技術と経験で支える「愛のお産」命の誕生を支えるプロフェッショナル
田川市にある後藤寺の病院と言えば社会保険田川病院(335床)。地域がん診療連携拠点病院や地域医療支援病院等の認定を受けている田川地域の基幹病院である。そんな社会保険田川病院に産婦人科があるのは皆さんご存じであることと思う。ひとちゅう新聞第4号では、婦人科腫瘍と腹腔鏡手術について紹介させていただいた。そこで、今回は助産師と分娩介助、また当院の分娩体制について紹介する。
田川地域の分娩施設の減少
当院の産婦人科は病院開設当初(昭和25年6月)から診療を行っている。その頃、田川地域には当院の他にも多くのお産を取り扱うクリニックがあった。しかし、現在では田川地域の産科のクリニックは減少。分娩できる医療施設に至っては、当院を含め2病院だけである。
なぜお産を取り扱う病院やクリニックが減っているのか。理由のひとつとしては、紛れもなく「少子化」が原因であると考えられる。全国的に少子化は進んでおり、それにともなって産科の病院やクリニックも年々減少している。しかし、産科の病院やクリニックが必要以上に減少してしまうと、妊婦健診や出産の際に、地元から離れ遠方まで行かないといけないことになる。そうなると身重の体には過酷であり、地元離れや、さらなる少子化の促進に繋がることになるだろう。
そのような中で、我々は「田川地域における産科の最後の砦である」そんな使命感を持ち、日々妊産婦さんのケアを行っている。
助産師とは
皆さんは「助産師」という職業をご存じだろうか?お産に欠かせない職種として、助産師の存在は大きい。「助産師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、「助産又は妊婦、褥婦若しくは新生児の保健指導を行うこと」を業とする女性を指す。助産行為の専門職であり、産前~産後のケアを行っている。海外では男性の助産師も存在するが、日本では女性限定の資格である。
戦前は「産婆」という名称で呼ばれていたが、昭和23年に保健婦助産婦看護婦法が制定され、「助産婦」に改称された。その後、平成14年に保健婦助産婦看護婦法は、保健師助産師看護師法へ改正され、現在の呼び名である「助産師」へと改められた。また、助産師の中には「アドバンス助産師」と呼ばれる、高度な知識と技術を持ち、標準的な助産ケアを自律して提供できる能力を客観的に評価された専門家たちも存在する。
アドバンス助産師
日本は、助産師の免許は更新制ではないため、免許取得後に助産師個人の経験や学習による能力を知ることは困難である。さまざまな周産期医療の提供環境によって、高度化する周産期医療や多様な女性への対応を必要とする現在にあっては、助産師自らが計画的に助産実践能力を高め、その能力を第三者に示すことは不可欠。そこで、助産実践能力が一定水準に達していることを客観的に評価する「助産実践能力習熟段階(CLoCMip)レベル 認証制度」が、2015年に開始した。この制度に認証された助産師を「アドバンス助産師」と呼び、実践的な能力が備わっていることを公的に証明することができる。
2023年時点で、全国に約9000名存在する。当院にも現在アドバンス助産師が4名おり、これまで多くの妊産婦さんの多様なニーズに対応してきた。また厚生労働省でも、妊産婦さんの多様なニーズに応えるために推進している事業がある。
院内助産システムについて
厚生労働省は、地域の妊産婦さんの多様なニーズに応え、安全・安心・快適なお産ができる体制を整備することや、産科医の負担を軽減する観点から、正常分娩における助産師の一層の活用を推進している。その体制の一つが「院内助産システム」である。
「院内助産システム」とは、緊急時の対応ができる病院で、助産師が医師と連携しながら、正常分娩は助産師が中心となって分娩介助やケアを行うシステムである。このシステムのメリットは、助産師が積極的に関わって、外来から妊娠・出産・産後までの経過を一貫してみることができ、細かい体調の変化に気づいてアドバイスができることである。より自然なお産を迎えられるよう、助産師が助産師外来にて妊娠中から体づくりや心の準備をお手伝いすることができる。常に助産師が見守り、緊急時には医師が対応するサポート体制が完備されているため、妊産婦さんが安心してお産に臨めるようになっている。
当院ではこの「院内助産システム」を筑豊地域で初めて導入した病院であり、導入当時は全国的にも珍しかったことから、県内外から見学者が訪れていた。
自由な出産を
当院では先程ご紹介した「院内助産システム」の導入と同時に、妊産婦さん自身が希望する、自分らしいスタイルでのお産ができる「フリースタイル分娩」が取り入れられている。出産時のイメージといえば、陣痛が始まると妊産婦は分娩台に座って、夫が汗を拭いたり、手を握ったりしながら出産するといった流れが思い浮かぶだろう。当院では分娩台での出産はもちろんだが、畳の上や布団の上で横になったり、クッションを挟んだりして、妊産婦さんにとって楽な姿勢を取って出産を行うことができる。妊産婦さんができるだけリラックスした状態で、陣痛から分娩まで行うことが可能だ。もちろん、旦那さんやお子さんみんなで立ち会うこともでき、妊産婦さんは背中をみんなにさすってもらいながら、家族全員で赤ちゃんが誕生する瞬間を味わうことができる。当院ではさまざまなニーズに応じて、妊産婦さんやその家族が、自分らしい、自分たちらしいお産ができるように、バースプランを提供している。
アドバンス助産師にインタビュー
【妊婦さんへの対応で気を付けていること】
とにかく妊婦さんに不安を与えないようにしています。そのために、妊婦さんが来院するまでに、事前準備を万全にするようにしています。そうすることで、バタバタ慌てたり、背中を向けたり、その場からいなくなることがなく、妊婦さんと会話をしながらいつでも安心して産めるような状態にしています。
【陣痛・破水連絡入院までの動き・準備】
来院の必要性を判断し、カルテから妊婦さんの情報を収集しています。妊婦さんごとに個別の対応が求められるため、妊婦健診の情報や、母体の状態・胎児の状態・前回の分娩経過・立ち合いの有無・注意点等の情報収集は必須です。
【分娩中に気を付けていること】
第一は何よりお母さんと赤ちゃん二人の「安全」です。そのために母体と胎児の健康状態の把握・異常の早期発見・産痛緩和(マッサージやホットパック)などに気を付けています。そして忘れてはいけないのは家族の存在です。声掛けや分娩経過を随時報告することで、家族を一人ぼっちにしない。立ち合いのタイミングや妊婦さんの要望を交えながら、何より家族とともに赤ちゃんを迎えることを大切にしています。
【助産師の仕事】
一人で二人の命を預かるので、責任と重圧の中での仕事となります。長時間の集中力と体力、経過の予測が求められ、「元気な産声」を聞くまでは気を抜けません。なので無事に赤ちゃんが産まれた時の安堵感や疲労感は、産んだお母さんと同じくらい実感しています。
責任重大な仕事なだけあって、やりがいや達成感は言葉では言い表せないほどです。「誕生」の場面にお母さんとともに立ち会える。こんなにアドレナリンが出る仕事は他にないと思います。だからきつくても辞められないのかもしれません。
【勤務体制】
2交代制で、夜間は助産師が一人で対応しています。そのため、夜間の分娩介助時は事前準備を怠らないようにしています。また院内助産の時は、お母さんや赤ちゃんの状態によって病院から呼び出しがあれば、昼夜問わず駆けつけます。
【印象に残っていること】
「もう無理」と産痛に耐えきれず思わずお母さんが口にする言葉ですが、それでも命がけで産む「母」の偉大さが、毎回印象に残っています。
【実はこんな仕事もしています】
分娩介助だけが助産師の仕事ではありません。妊娠期(助産師外来)からの関わりや、産後ケア・新生児の1ヶ月健診にも同席し、一貫したケアを行っています。
【一言】
当院では畳の分娩室も整備しています。妊婦さんが自由な体勢で痛みを乗り越え、新しい「いのち」と向き合える環境作りを目指しています。「院内助産所 結」も同様です。少子化の中、当院を選んで良かったと言ってもらえることが私たち助産師の目標でもあります。
私自身これまで500人近くの分娩介助を行い、命の誕生に立ち会ってきました。ですが、一人で二人の命を預かり、何より二人の安全に気を付けるため、常に恐怖心を持って仕事をしています。分娩に対して慣れてしまうことがないよう、何事に対しても疑いを持ち、これで大丈夫かと常に考えながら仕事をしています。
これからも妊産婦さんに寄り添う助産師でありたいと思います。
「切れ目ない支援を」
社会保険田川病院は「安全・安心、快適で満足のいく出産の提供」を目的として、平成29年に院内助産システムを稼働いたしました。助産師が妊婦健診を通じて早期から丁寧に関わらせていただくことで、妊婦さんやご家族と顔の見える関係づくりを行っています。コロナ禍の影響で少子化がさらに加速する可能性が指摘されており、少子化対策・子育て支援対策は喫緊の社会課題です。その中で病院の助産師に求められる役割も多様化していると感じています。子育て支援において、母子に対する「切れ目ない支援」がいま注目されています。安全で安心な妊娠期~出産~産後の母体回復が促進される一連の過程で、必要なケア・支援・サポートを家族や専門職から、「切れ目なく」受けることができる環境が必要です。まさに当院のような分娩施設や地域行政機関が連携し、切れ目なく支援を継続していくこと。そうすることで、母親が育児の自信や忍耐を身につけることができ、子どもの健やかな成長につながると考えています。助産師外来では、アドバンス助産師を中心に常に母子に寄り添う身近な医療専門職として育児を見据え、妊婦さんやご家族の抱える困難感や不安を見逃さないようにしています。そして産科医師や小児科医師、外来スタッフ、行政の母子保健担当者との連携を重ね、出産後の支援が切れ目なく受けられるように努めております。
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