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【ショートショート】「外部委託黄金時代」(768字)
そのだだっ広いフロアには机が一台と椅子が一脚、そしてその椅子に腰かける太った男が一人いるだけだった。
「あのう、引っ越しをするので手続きをしたいんですが」
若い男女はおそるおそるといった様子で男に声をかけた。男女は落ち着かない様子であたりを見回し、ここが本当にF町役場である標がどこかにないか探そうとした。町役場であるには、そこにはあまりに何もなかった。
「住民票の異動は去年からO株式会社に委託したので、そちらに行ってくださいね」
男が冷たく言うと、男女は愚痴を言い合いながら建物を出て行った。転出届を書くためにO株式会社に向かうのだった。
今ではF町で外部委託していない事業は皆無だった。
最初は水道や公共交通などのインフラが中心だったが、公務員である職員が運営するよりも外部委託した方が安価なことに気づいたF町の町長は、町のあらゆるサービスを外部委託していったのだ。
健康保険、福祉サービス、税金の収納、転入・転出……。町民からの苦情もあったが、人件費が削減されたことで税金が安くなったことを喜ぶ町民も一定数いた。
そして今では、最後に町役場に残った職員は一人を残すのみとなっていた。
次に訪れたのは六十過ぎに見える溌溂とした女性だった。女性はなにもないフロアを見渡してから言った。
「聞いていたとおり、リフォームし甲斐のありそうな役場ですね。今日からこのF町は隣のR市に吸収合併されることになりました」
男は驚いて答えた。
「私が知らないうちに町が吸収合併される訳ないでしょう!」
「あなたが外部委託した町議会で先日決まったことです。本日からF町はR市になるので、F町の町長であるあなたは解任です」
「そんな……」
男は激しいショックを受けるとともに、「こんな外部委託の方法もあるのか」と感心しながら役場を出ると、とぼとぼと家路についた。