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【ショートショート】足あとのついた殺人(1,967字)

「私の推理によれば、犯人はあなたです」

 佐藤正一氏は驚愕の表情を見せた。やはり私の推理に間違いはなかったらしい。私は続ける。

「あなたの弟である正二氏が殺された別邸からあなたがいた本館まで、ぬかるんだ地面にくっきりと足あとが残されていました。つまり、犯行が行われたのは雨が降りはじめた午前七時から正二さんの死体が発見された午前九時までの間ということになります。この二時間の間に、正二氏を殺して帰ることができたのは、アリバイのないあなただけなんですよ、正一さん」
「そんな馬鹿な……!」

 周囲にいた人たちも驚きの声をあげた。
 この館に集められた客人たちも、まさか正一氏が犯人だとは想像もしていなかっただろう。

   ※

 私がこの館を訪れたのは昨日のことだった。
 私を呼んだのは資産家の佐藤正一氏だ。正一氏は世界中から変わり者を集めてパーティをするのが趣味だった。
 変わり者の自覚がない私は憤慨したが、超豪華料理が食べられると聞くと我先にと館にやってきた。

 館に着くや否や、館までの道ががけ崩れで封鎖されたという報せが入ったが、そんなこともあるものかと特に気にもしなかった。
 パーティでは正一氏が探偵業界のことを知りたがったが、私が浮気調査専門の探偵であると知ると二度と私に話しかけてこなかった。

 パーティの間、正一氏と正二氏は何度も口論をくり返していたそうだ。聞けば二人は不仲で、そのとき正一氏は「殺してやる」と物騒な言葉も口走っていたそうだ。

 翌朝、正二氏は変わり果てた姿で発見された。
 正一氏や招かれていた客人が泊まっている本館から正二氏が寝ていた別邸までは、片道十五分ほどはかかる道を移動する必要がある。

 正二氏を殺すのに十分かかったとして、四十分は必要ということになる。容疑者の中で四十分間席を立ったものはいなかった。
 寝過ごしたといって、午前九時に起こされるまで部屋から出てこなかった正一氏を除いては。

 すぐに警察に連絡したが、がけ崩れのために到着するまでにしばらくかかるという。
 有給休暇取得中ではあったが、ここは探偵として私が一肌脱ぐほかなさそうだった。

   ※

 さて、正一氏は観念してすべてを話してくれるだろうか。
 私は正一氏の反応をじっと待っていたが、

「ふはははははは」

 正一氏は笑い始めてしまった。

「あの、どうかされましたか?」私は心配になって尋ねた。
「私は事故で両足を失ってしまって以来、車椅子生活さ。だから私が足あとをつけることはできないんだ」

 正一氏は余裕の表情で言った。
 よく見ると、確かに正一氏は車椅子に乗っていた。私は頭を抱えた。ぬかるんだ地面に足あとを付けて殺人を犯すのは不可能だろう。

「この中にまだ殺人犯がいるっていうことなのかよ!」

 興奮して言ったのは、変わり者のひとりとして正一氏から館に招かれていた、陸上五〇〇〇メートル走世界記録保持者のルー・サイトウ氏だった。
 ルー氏の世界記録は五年間更新されておらず、「俺だったら普通の人が十五分かかる道のりも十分以内で走れるぜ」と自慢げに話していたはずだ。

 そういえば朝食の際に、ルー氏は三十分ほど席を外していたが、腹でも下していたのだろうか。

「私、怖い。誰も信用なんてできないじゃない!」

 ヒステリックな声を出したのは、変わり者のひとりとして正一氏から館に招かれたキャサリン嬢だった。
 なんでもキャサリン嬢はタイムトラベラーで、頭に取り付けているヘルメットのような機械を使うことで、時間を自由に行き来できるらしい。そういえば、「ある場所で殺人を犯してきた後にタイムトラベルで過去に戻り、アリバイを偽装することなども朝飯前なの」とパーティの際に自慢気に話していた。

 そういえば頭のヘルメットがバッテリー不足を示す点滅をくり返しているが、充電を忘れたのだろうか?

「冗談じゃない、私は部屋に戻らせてもらう!」

 肩をいからせて言うのはこれまた正一氏から館に招かれていた背中に翼が生えた鳥人間のチョウ・タン氏だった。
 チョウ氏は面白い特技を持っており、「背中に生えた翼で高速で移動しながら、地面に足あとを付けていくことができるんだぜ」とパーティの際に自慢していたはずだ。

 そういえばチョウ氏は正二氏に借金があり、朝食の際に「これから話を付けにいく」と言っていたが、交渉はうまくいっただろうか?

 さて困った。これからどうしたものか。
 そういえば、館に招かれた客人の中で、もうひとりアリバイのない人物がいるんだった。

 いまは探偵ということで、容疑者からは外されているが、このままではいつ風向きが変わるかは分からない。

 私は革靴にこびりついた泥を高そうな絨毯で丁寧に落とすと、「こんな難しい事件ははじめてです。事件はこのまま迷宮入りかもしれません」と頭を抱えてほくそ笑んだ。

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