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【ショートショート】「旅館経営会議は踊る」(1,956字)
「それではこれより第九十二回旅館経営会議を始めます」
「うむ」
「それでは早速議題に——」
「その前に、今日は研修生が参加してるから、ほら、挨拶して」
「先日からこの旅館で勉強させていただいています、アサブです。よろしくお願いします」
「この旅館の事務長のタナカです。どうぞよろしく」
「アサブ君はこの旅館で勉強して、ゆくゆくはこの旅館で雇いたいと思ってるから、いろいろと教えてあげて」
「分かりました、社長」
「アサブ君はまだ大学生だけど、非常に成績優秀な人材なんだ」
「そうですか。アサブ君はずいぶん焼けてるね、なにか運動部に入ってるの?」
「いえ、大学では数学部に所属しています」
「あ、そう」
「そんなことはいいから、ほら、進めて」
「はい。では、議題は前回から引き続き、近年の集客率ダウンについてです。近隣の類似旅館との差別化を図るため、これからは本旅館の特色を出していきたいと考えています」
「特色といっても、目新しいことはだいたい試したじゃないか。直近だと、君のアイデアで、お着きの茶と菓子を『緑茶と饅頭』から『紅茶とマカロン』に変えてみたが、なんの反響もなかったぞ」
「あれは顧客のニーズを読み違えてしまいまして」
「だいたい君は頭が固すぎるんだ。これからはアサブ君のような若い頭が旅館を引っ張っていくべきろうね」
「任せてください」
「む……」
「頼もしいじゃないか。なにかアイデアはあるか?」
「カレーなんかいかがでしょう」
「ん?」
「お着きの茶と菓子ですが、カレーがいいと思います。あとは、そうですね、飲み物はマンゴーラッシーなど喜ばれるかと」
「アサブ君、誰が旅館に着いてまずカレーを食べるんだ。学生は黙ってなさい」
「いや、アリだな」
「社長!?」
「そのくらい冒険をしないといけないということだ。よし、しばらくお着きの茶と菓子はマンゴーラッシーとカレーにするよう女将と厨房に伝えてくれ」
「……分かりました」
「あとは、手を入れるとすればやはり温泉だろうな。泥湯だったりラムネの湯だったり、珍しい温泉には人が集まるものだ」
「温泉は我が旅館の命です。革新も大切ですが、伝統を守ることも大事です。我が旅館の温泉は万病に効くといわれる天然温泉。ここは手を入れる必要はないでしょう」
「カレーの湯はどうでしょう」
「それもいいな」
「社長!?」
「タナカ君、早速カレーの湯を準備してくれたまえ」
「カレーの湯なんて聞いたことないですよ。それに、黄色っぽくてカレー臭を発する湯に入りたがる人はいないと思いますが……」
「そんなことを言ってこれまで集客に失敗してきたのはどこの誰なんだ」
「うぐ。分かりました、カレーの湯をなんとか手配してみます」
「アサブ君、他にないかな、若者にもウケそうな奇抜なアイデアは」
「そうですね、着いてすぐカレー、それからカレーの湯に入るのではカレーも飽きてくるでしょうから、夕食はお刺身なんかいいかもしれません」
「うむ」
「ただ、器はカレー皿にしちゃいましょう」
「そうきたか」
「社長!?」
「うるさいやるつだなあ。アイデアも出さない奴が他人のアイデアを批判するんじゃないよまったく」
「その通りですよ、タナカさん」
「うぐぐ……。確かにアイデア自体は奇抜ですが、なにもそこまでカレーにこだわらなくても」
「ああ、君には言っていなかったが、来年からこの旅館は二号店を出すことになったんだ」
「えっ」
「二号店は思い切ってインドにオープンしようと思ってね。インドと言えばカレーだし、今からいろいろ試しておいた方がいいだろう」
「ええっ」
「アサブ君はインドからの留学生で、将来的にはインド店を仕切ってもらおうと思ってる。アイデアも当然インド寄りになる」
「えええっ」
「君はインド店の現地スタッフとしてアサブ君の下で働いてもらう予定だから」
「ええええっ」
「ソウイウコトデス、ヨロシク、タナカサン」
「君は急に片言になるんじゃないよ」
「それでは今日は解散。私はインド店オープンの関係で忙しいからあとはヨロシク」
※
「それではこれより第一回旅館経営会議を始めます」
「はい、アサブ社長」
「オープンしたばかりのインド店ですが、お着きの茶とお菓子について苦情が多いです」
「ええっ」
「和室にカレーは合わないと。もっと日本らしい物にしてもらいたいと」
「至極真っ当な意見だね、富裕層向けの日本旅館に入ってカレーとマンゴーラッシーが置いてあったらインドのお客さんも困惑するよ」
「日本で流行ったのが奇跡だったんですね」
「あれには驚いたね」
「ただインドでもカレーの湯は大人気で」
「それに一番驚きだよ」
「カレー皿に乗った刺身は生魚も器も気持ち悪いと」
「ままならないものだね」
「伝統も革新も、その場その場に合わせたバランスが大事なんですね」
「君が言うんじゃないよまったく」
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