おたねさんちの童話集 「お祖父ちゃんの絵日記」
お祖父ちゃんの絵日記
初孫が生まれました。お祖父ちゃんは大喜びです。お母さんやお父さんも嬉しそうです。でも、一番大喜びをしているのは、やっぱりお祖父ちゃんのようです。
「耳がワシに似ておる」
「やっぱり目許がワシに似ておる」
「いや口元もワシに似ておる」
お爺ちゃんは、初孫の顔をのぞき込んでは、自分と似ている部分を探しています。
「お祖父ちゃんね、あなたのお父さんが生まれたときも、そこまで喜んでいなかったのよ。ずっと仕事、仕事って!」
お祖母ちゃんも笑って話しかけます。
お父さんも、お母さんもお仕事が忙しいので、その間はいつもお祖父ちゃんが抱っこしているのです。本当のことを言うと、お祖父ちゃんは、お父さんやお母さんが忙しくなくても、ずっと赤ちゃんを抱っこしていたいみたいくらいです。
今日もお祖父ちゃんが抱っこしている間に、赤ちゃんはいつの間にか眠ってしまったようでした。
とってもかわいらしい寝顔です。
お祖父ちゃんは、ゆっくりゆっくりと赤ちゃんを布団に寝かせました。
赤ちゃんが眠ると、お祖父ちゃんはなんだか寂しそうです。
本当は、もっと一緒に遊んであげようと思っていたのでした。
お祖父ちゃんはじっと考えました。
赤ちゃんを起こさないように静かに考えました。
でもやっぱり、腕組みをしているうちに、だんだんとウンウン唸りながら考えました。
「そうだ!赤ん坊の絵を描こう。毎日書いて、絵日記にしよう!」
お祖父ちゃんは早速書斎からノートと鉛筆、それに絵の具と筆も持ってきました。赤ちゃんは眠っていて動きません。お祖父ちゃんは上手に赤ちゃんの絵を描くことができました。
次の日も、お祖父ちゃんは絵日記を書きました。日記なのですから、毎日書かないと意味がないのです。でも、今日は赤ちゃんは眠っていません。お祖父ちゃんは、赤ちゃんを抱っこしながら、どうやって絵を描こうかと考えました。でも、お祖父ちゃんが、考えようとして身体の動きをとめてしまうと、赤ちゃんは泣き出したり、不機嫌になったりします。お祖父ちゃんは、その度に考えるのを中断して、赤ちゃんをあやさなければなりませんでした。
「いやはや、なかなか難しいものじゃ」
お祖父ちゃんは小さくうなずきました。
結局、お祖父ちゃんが絵を描き始めたのは、赤ちゃんが眠ってからのことでした。今日もお祖父ちゃんの描いた赤ちゃんの絵は、スヤスヤと眠っています。
次の日も、次の日も、お祖父ちゃんの描く赤ちゃんの絵は眠ったものばかりでした。
「たまには、可愛いお目々をぱっちりと開けている赤ちゃんの絵が描きたいのじゃが」
お祖父ちゃんはお祖母ちゃんに相談しました。
「そんなの、写真をとって、その写真を見ながら描けばいいじゃないの!」
「そんなのダメだよ。現像するのに時間がかかるだろ!」
「何言っているの!デジタルカメラで撮ればいいのよ」
「そんなのワシは持ってないぞ」
次の日、カメラ屋さんにはお祖父ちゃんの姿がありました。
「いらっしゃいませ!」
「あの、デジタルカメラが欲しいんじゃが」
「こちらにございますのが、全部デジタルカメラでございます」
「こんなにも沢山あるのかい」
お祖父ちゃんはびっくりしてしまいました。
「あらあら、それで、結局カメラは買わずじまいですか?」
お祖母ちゃんに尋ねられても、お祖父ちゃんはムスッとしたままです。
「いいんだよ。デジタルカメラなんぞなくても、赤ん坊の顔くらいなんぼでも描けるわ」
「息子夫婦なら、持ってるんじゃない?」
「余計なことでんでいい。あいつらのは、あいつらが使うに決まっておる」
お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんの言葉にまったく耳をかすことなく、電話をかけ始めました。
「もしもし。わたし!うん、そうそう。お祖父ちゃんがね……」
えんえんと続く会話を、お祖父ちゃんも黙って聞いています。
すぐに赤ちゃんのお母さんがやってきました。
「こんなのでもいい?」
お祖父ちゃんはデジカメをうけとりました。
あまりに小さいのでビックリです。
「こんなに小さいので、ちゃんと写るのかい」
お祖父ちゃんは半信半疑です。
「じゃあ、ためしにお祖父ちゃんを撮ってあげる!」
差し出されたデジカメの液晶画面には、お祖父ちゃんの顔がクッキリと写っていました。
「こんな皺まで写るのか」
お祖父ちゃんはビックリしどうしです。
「最近はスマホで撮ってばっかりだから、そんなに使ってないの。だからお祖父ちゃんが使ってくれたらいいよ。」
その日から、お祖父ちゃんは、何枚も何枚も赤ちゃんの写真を撮りました。
そうして、その中から一番可愛らしい写真を選んでは、せっせと赤ちゃんの絵をかいていくのでした。
6月24日(木)曇り時々雨
昨日、若夫婦からデジカメを頂いたので、今日は随分たくさんの写真を撮りました。もちろん絵日記ですから、写真は載せません。でも、写真を見ながらなくと、ずいぶん書きやすいものですね。なんとなく絵が上手になったような気がします。
6月25日(金)今日もやっぱり雨
今日も沢山赤ちゃんの写真をとりました。プリントアウトをするのは、もったいないので、カメラの画面に映った写真を見ながら赤ちゃんの絵を描いています。赤ちゃんも、カメラに興味をもったようで、取り出すとすぐにさわりたがって、なかなか上手に撮ることができません。それでも、何枚かは良い写真がとれました。
お祖父ちゃんの絵日記は、なんだか赤ちゃんのことより、カメラの説明みたいになってきました。もちろんお祖父ちゃんはそんなことを気にすることなく、毎日毎日、楽しそうに絵日記を書き続けています。日記はお祖父ちゃんしか読まないものですから、何を書いてもいいのです。
やがて、だんだんとお祖父ちゃんの絵日記にも変化が出てくるようになりました。
今日は、赤ちゃんの初めての寝返り!
今日は、初めてのおすわり!
初めてのハイハイ!
赤ちゃんにも歯が生えたよ!
今日はつかまり立ちができたよ!
一人で立てた!
お祖父ちゃんの絵日記はどんどんと色鮮やかになっていきました。
「じいじって言ってごらん!じいじって!」
「ママはどこかな?」
「そう、あっちがママで、こっちがじいじ!」
それからお祖父ちゃんの日記には赤ちゃんとの会話が書かれるようになり、やがて、赤ちゃんとは呼べないようになってきました。
「じいじが、今日は保育園のお迎えにきたよ」
「ママの作ってくれたお弁当は美味しかったかい?」
「いいじゃないか。今日はママが忙しかったから、じいじが迎えにきてあげたんだよ」
「ありがとう。お見舞いにきてくれたんだ。ちょっと熱がでたみたいだけど、これでじいじも元気になるよ!」
お祖父ちゃんは、つぶやきました。
「五年後、十年後。きっと、じいじの思い出なんて、ほんのちょっぴりしかなくなってしまうだろう。人生のアルバムでいったら最初の二、三ページくらい。でも、この絵日記を見つけてくれたなら、きっと、もう少しくらいは思い出してくれるよね」
すやすやと眠るお祖父ちゃんの傍には、積み上げられた沢山の絵日記がありました。おしまい。