おたねさんちの童話集 「タヌキの金助」
タヌキの金助
タヌキの金助はマジックが得意。今日もみんなの前で大きなイリュージョンショーを開催しています。
葉っぱ一枚が赤鬼になって金棒を振り回したり、竜になって空から火を噴いたり。それはそれは見事なパフォーマンスです。
でもイリュージョンショーが最高潮に盛り上がってきたころ、
「人間だー!人間がやってきたー!」
ポコリン山は大騒ぎになりました。
ブーンというエンジン音と共に四輪駆動車で麓までのりつけた人間が、ポコリン山を歩いて上り、タヌキたちがいるポコリンの里までやってきたのでした。
金助たちは急いで隠れ、人間たちの様子をみました。もし人間たちに不穏な動きがあれば、金助も得意のマジックで追い払わなければなりません。
人間たちはずんずんとポコリンの里まで近づいてきます。そうして手にはあやしいカゴを持っていました。
「あのカゴになんかいるぞ」
誰かが叫びました。
「タヌキだ!」
「誰か捕まったのかな」
「ちがうよ。きっとあいつはおとりだ」
「あいつを助け出そうとした僕らを捕まえようって魂胆だ」
タヌキたちの言葉とは関係なく人間たちはポコリンの里まで入ってきました。
タヌキたちに緊張がはしります。
すると、人間たちはカゴの中のタヌキをポコリンの里に放しました。
そうしてそのタヌキに何かを言い聞かせて、やがてそのタヌキに手を振りました。でも、よくみるとそのタヌキはタヌキではありません。金助たちとは明らかに違う動物でした。しかも金助が今までに見たこともない動物でした。
「やっぱりあいつはおとりだよ」
「ちがうよ。スパイだよ」
タヌキたちは口々にいいましたが、人間たちは、そのタヌキみたいな動物をおいて、今きた道を引き返してゆきました。そうして麓までおりると、またブーンとエンジン音を響かせながら帰っていったのです。
タヌキたちは、警戒しながら、そのタヌキに似た動物を観察しました。そいつはすぐに周囲の様子に気付いたのか、物怖じすることなくタヌキたちに近づいてきました。
「別に隠れなくてジャン。あの人間たち、別に悪い人じゃないし……」
タヌキたちは一瞬怯みましたが、気付かれたのでは仕方がありません。リーダーのゴン太が進み出ました。
「いったいお前は誰なんだ!よそ者はさっさと帰りやがれ」
でも、そいつはまったく恐れるようすもなく
「オレか?オレはアライグマのアランって言うんだ。ヨロシク!帰れったって人間たちに家をおいだされっちまったんだ。帰れるわけねえジャン。今日からここに住むからヨロシク!」
アライグマのアランは平然といいのけまました。
ゴン太はアランに襲いかかろうとしましたが、周囲が止めました。
「人間たちの罠かもしれない。もう少し様子を見た方がいいんじゃないか」
金助の言葉にゴン太もなっとくし、とりあえず様子を見ることにしました。
アライグマのアランは口が達者な割に何もできない奴でした。
ネズミやリスを捕まえようとしても、すぐに逃げられます。小川で魚を捕まえようとすると、逃げられないどころかザリガニのハサミに挟まれて逃げ出すしまつです。
しかたなくドングリの実を拾おうとしたら、リスに攻撃されて泣き出しそうになっていました。
「ほっておいてものたれ死んでしまうよ」
ゴン太は安心したように言いました。
でも金助はなんだかアランが可愛そうに思えてきました。
「ずっと人間たちに飼われていたのだから何もできなくてあたりまえ。きっとあいつも人間たちの身勝手で捨てられて本当は寂しいに違いない」
ゴン太は捕まえた小魚をアランの前に投げてやりました。
「アリガトウ……」
アランはすがるような顔で金助をみました。
それ以来、アランは毎日金助の後についてきました。周囲のタヌキたちは、あいつはスパイだからと反対しましたが、金助はアランを可愛がりました。
餌の取り方も、ねぐらの作り方も、ポコリンの里のルールもみんな教えてあげたのでした。
でもマジックだけは、全然ダメでした。最初は簡単な基本テクニックを教えようとしたのですが、すぐに才能がないことに気付きました。
「やっぱりタヌキじゃないとムリみたい」
もちろんポコリンの里にはタヌキ以外の動物もたくさんいますから、マジックができなくても問題はありません。
金助はマジックを教えるのをあきらめて、イリュージョンショーのアシスタントや司会をさせることにしました。
アランは本当によく喋るのでうってつけに思えたのでした。
果たしてアランが司会をつとめる金助のイリュージョンショーは大成功をおさめました。金助は次から次へとショーを頼まれるようになりました。
そうしてショーが大成功をおさめるにつれて、アランもだんだんと周囲のタヌキたちから認められるようになったのでした。
そうして何度目かの春がすぎました。今ではアランはポコリンの里の人気者です。もちろん金助も大スターなのですが、なんだか最近おかしいのです。
「どうも自分よりアランの方が人気があるんじゃないか」
金助は最近そう思うようになってきたのです。考えてもみてください。イリュージョンショーで新しい技を身につけるのは大変な努力と時間が必要です。それでどうしても、マジックは観客から飽きられてしまいます。でもアランのトークは面白いし毎話題が違います。しかも最近は金助の失敗までネタにするようになりました。
「もうお前は一人前なんだから、お前一人で頑張れよ」
金助は、アランに言いました。
「でも……、僕の司会なしで金助のマジックをみんなが見てくれるとはオレには思えない」
アランの言葉に金助は真っ赤になって怒りました。
「なんだとコノヤロウ。お前がくるまえは、ずっとオレひとりでやってたんだ。おまえなんていらないよ。出て行け!」
でも、アランのいうとおり、それから金助がいくらイリュージョンショーを開いても誰も見にこなくなりました。反対にアランのトークショーはいつも満員で人気はますます高くなっていきました。
金助は周囲のタヌキたちがみんなアランの味方のように思えてきて悲しくなってきました。周囲のタヌキたちがみんな金助を避けているように思えてきたのです。
「金助の奴もかわいそうにな……、まさかあんな奴に……」
そんな声がきこえて金助がゴン太に殴りかかったのは、それから間もなくのことでした。
「なんでオレがかわいそうなんだ!」
金助の言葉にゴン太は言葉につまります。
「まさか!お前知らないんじゃ?」
金助は何も聞きたくないとゴン太に殴りかかりました。ゴン太もオレに殴りかかるのはお門違いだと殴り返します。
「タヌエがあいつとデキてるってしっているのかよ!」
キヌエは少し前まで金助の彼女だったはずでした。
ゴン太の言葉に金助の手がとまりました。
デキてるって、アランはアライグマじゃないか。
「お前がキヌエをアランに盗られたから、一緒にショーをしなくなったってもっぱらのウワサだ」
「そうだったのか……」
金助はうなだれて、それっきり何もいわなくなりました。
人気絶頂のアランがポコリンの里をさったのはそれから間もなくのことでした。おいてゆかれたキヌエは、誰とも遭わないようにしてひっそりと暮らしていました。
ゴン太は金助とキヌエだけでも、もう一度仲良くならないかと思ってキヌエに会いにいきました。
「私、金助に会わす顔がないもの」
キヌエはそういって逃げるばかりです。
「そりゃ、お前、金助をふってあんな奴とつきあうからだよ」
「私、アランとつきあってなんかいないわよ。……ただ、アランの気持ちが分かるのは私だけだったから」
アランはもう一度、金助ともう一度ショーがやりたかったのでした。
「今の僕があるのは全部金助のおかげだから。でも、それを相談している家に周りのみんなにへんなウワサを流されて、どんどんと悪い方向へいってしまったみたい」
キヌエは目に涙を浮かべていました。
「本当に今でも私は金助が好きなの。本当に誰に対しても優しい人だから。でもアランが現れて、アランを憎むようになってから、だんだんと彼が怖くなってきたの。それでいっしょにいられなくなった」
アランは、僕が来たから金助をあんなになちゃったんだと悩んでいたの。それで、道も何も分からないのに、今度は一人でも生きてゆけるようになりたいって……。
キヌエの涙声は、ポコリンの里の夕日に照らされて、静かに流れていました。