おたねさんちの童話集 「ノブくんの箱」
ノブくんの箱
「もうっ!こんな子はもう知りません!しばらくそこで反省していなさい!」
大きな声でママに叱られたノブくんは、屋根裏部屋に閉じ込められてしまいました。
だって夏休みの宿題もお部屋のあちらこちらに放り出してテレビゲームばっかりしていたのですから。
画用紙に書き始めていた宿題の絵も、途中であきたので、その片におきっぱなしです。絵の具も筆もパレットも、みんな散らかし放題でしたから、なおさらです。おまけにママが出しっぱなしの絵の具を踏んづけて、部屋中にオレンジ色の絵の具が飛び散ってしまったではありませんか。
さすがにノブくんも少しは反省して、しばらくは静かにしていましたが、あんまり退屈だったものですから、真っ暗な屋根裏部屋の中をゴソゴソと四つん這いになって歩き出しました。
「おやっ」
少しはなれた場所に、うっすらと光っているものがありました。
「何だろう?」
ノブくんは、その光っているモノを覗きました。
段ボール箱でした。でも段ボール箱は光りませんから、正確には段ボール箱の隅っこが破れていて、そこから光が漏れていたのでした。
「なんの光だろう?」
ノブ君がそう思った時でした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。そんなに大切なものだとは知らなかったから、ボクがかんじゃったのです」
「えっ!誰!」
ノブくんは、一瞬驚いて辺りをキョロキョロしましたが、直ぐに分かりました。ネズミでした。段ボールから漏れている光のお陰でうっすらと影が見えたのでした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。そんなに大切なものだとは知らなかったから」
ネズミは少し震えているようにも見えました。
「君は誰?なんでそんなに謝っているの?この箱の中には何が入っていたの?」
ノブくんは、続けざまにたくさんの質問をしました。
「どうして?どうして君が知らないの?君もいたはずなのに?あれは君じゃなかったのかな?」
ネズミも答えを言う代わりに、たくさんの質問をしてきました。
「ホントにボクは、こんな箱を見たことないよ。なんでそんなに謝っているの?
「おかしいな。ホントにしらないの。こんなに大切なもの、忘れるはずはないんだけど……。」
「ホントにボクは何もしらないよ」
「じゃあ、ホントかどうか一緒に見に行こう!」
ネズミがノブ君の手を掴むと、ノブの体が、シュルシュルシュルと小さくなっていきました。
「レッツゴー!」
ネズミはさっきまであんなにしょんぼりしていたくせに、急に元気な声を出しました。
「さあ、こっちこっち!」
あの小さな穴から入った段ボールの中は、とっても輝いていました。
「こっちの箱を覗いてごらん!」
ネズミに言われてノブくんが覗くと、そこは結婚式場でした。しかもステージの真ん中でたっている新郎を新婦は、パパとママです。パパは今よりももっと細くて、おなかだってちっとも出ていません。パパやママだけでなくオジさんもオバさんもジイジもバアバもみんな嬉しそうでした。
「たしか、君がいるのはこっちの箱だよ!」
ノブくんが覗くと、そこにいたのは、ノブくんにそっくりな誰かでした。でもノブくんではありません。
「これ、ボクじゃないよ!だってこんな所へ行ったことないもの!」
確かにそこにはノブくんの知らないモノがたくさんありました。真っ黒でへんてこな電話みたいなものや昔のドラマでしかみたこともないようなカセットテープ、服装だって、なんだかヘンテコです。それに、なんと言っても一番ヘンテコなのは、色がないのです。全くの黒白の世界でした。
「しょうがないよ。昔は白黒写真ばったりだったんだから!」
ネズミの言葉にノブくんは驚きました。
「これって昔の世界なの!だったら、もしかしてこれって子供の頃のパパ!!」
「えっ!そうなの?」
ネズミもおどいてノブくんを見ました。
「そうだよ!こっちはジイジにそっくりだもん!」
パパは、ジイジに叱られているようでした。そうして畳の上には、ノートや教科書が散らかっています。
「なんだ。パパも宿題をしなさいってジイジに叱られていたんじゃないか」
ノブくんはちょっと嬉しくなってきました。
こっちは何だろうと次の箱を覗いてノブくんはおったまげました。
「ママ……。いったい何をやっていたの!」
なんとノブくんのパパが長い髪を金髪に染めて、派手な衣装を着て、パンクバンドを禁でいるのです。ママらしさと言ったら、ドラムじゃボーカルじゃなくて一番地味なベースを弾いていることくらい。
ノブくんはあんまりビックリしたものですから、慌てて別の箱に変えました。
そこには柔道着を着たパパが畳の上で仰向けになっていました。そうして、その隣でしらない人が大きくガッツポーズをしてます。
ノブくんは柔道なんて全く分からないけれど、それでも胸が苦しくなって、しばらく息ができないほどでした。
次の箱には、パパとママとそれから、生まれたばかりの赤ちゃんがいました。ノブくんはすぐに自分だと分かりました。たぶん、どこかでこの光景はみたことがあるはずだからです。
パパもママもとっても嬉しそうな顔でした。
ノブくんは、もっともっと見たくなって、突然、段ボールから抜けだしました。
「おい!どうするんだい?」
大声でネズミがたずねました。
「もっとよく見たいから窓を開けるのさ!」
ノブくんはそう言って壁を触って窓を探しはじめした。
「たしかこの辺りだったはず!」
ギギギギギ!
ゆっくりと窓が開きました。
「おいらは明るいところが大嫌いなんだ!」
ネズミは慌てて逃げ出しました。
ノブくんは、さっきまで光っていた段ボールを探しました。
でも、どこにも光っているものはありません。
「そりゃそうさ!本当に輝いているものは暗闇の中でしか見えないんだよ!お空のお星様と一緒だよ。だからぼくらはいっつも暗闇に住んでいるのさ。」
遠くからネズミの声が聞こえました。
足下には埃だらけの段ボール箱がありました。下の方が破けているのがみえました。たぶんネズミのかじった跡でしょう。
ノブくんが開けると、その中にはパパやママのアルバムがたくさん入っていました。小学校や中学校の卒業アルバムをありました。パパとママがデートしている写真もありました。ノブくんがいったこともないような所へ旅行に行っている写真もありました。電車や船や飛行機に乗っている写真だってありました。
「ノブ!ノブ!もう出てきていいわよ!」
遠くの方でママの呼ぶ声が聞こえました。
「パパ!ちょっと来てくれる!ノブが屋根裏で眠ってしまったみたいなの!」
「窓は開けていたみたいだけど、暑くなかったのかしら。昔のアルバムを引っ張り出して眺めがなら眠ったのね、きっと」
その夜、ノブくんは、目を覚ましました。
「ごめんごめん、起こしてしまったみたいだね」
「ママ、それ何?」
「これ?これはベースだよ。若い頃にやっていたんだけど、友人にオバサンバンドをやらないかって誘われたの。驚いた?」
ノブくんは、にっこり笑いました。
「ボクも、ママみたいに、大きくなるまで何かを続けたいな」
「だったら、まずは最期まで宿題を終わらせることからはじめないと!」
「うん!明日からはちゃんと頑張る!」
ノブくんは大きな声で返事をしました。
おしまい。