おたねさんちの童話集 「ドルフおじいさんは郵便屋さん」
ドルフおじいさんは郵便屋さん
大海原を行ったり来たり。
朝から晩まで行ったり来たり。
郵便屋さんはおじいさん。
イルカのドルフおじいさん。
「またお金の無心だよ!まったく、うちのせがれときたら、いったい何才になったと思っているのさ!」
ドリルおじいさんから手紙を受け取ったトナカイのおばさんは、大きなため息をつきました。
「じゃあね!ちゃんと渡したからね」
ドリルじいさんは、こっちまで大目玉をくらっちゃかなわないと、さっさと玄関の戸を閉めました。
「やれやれ、元気な息子さんがいるだけでも、ありがたいことじゃないか」
郵便屋さんのドリルじいさんは、ぶつぶつ言いながら、また大海原を泳ぎ出しました。
次のお宅はアザラシのオジイさんが住んでいました。独り暮らしのオジイさんでした。
「おやまあ、ワシに手紙なんて何年ぶりだろう。珍しいこともあるもんだ。こんな遠くまで御苦労様。冷たいものでも用意するからちょっと待ちなさい。」
アザラシのオジイさんはそういってオレンジジュースをついでくれました。
「どうやら、孫ができたと、ワシに自慢したいみたいだよ。まったく、あいつときたら、ワシが独りもんだと知っているくせに、やれ結婚しただの、子供ができただの、何かある度に、幸せそうな写真を添えて送ってきやがる。まったくなんてやつだ」
ブツブツ言いながらも、なぜかアザラシのオジイさんは上機嫌のようでした。
次のお宅は、北の灯台の近くでした。キタキツネの家族でした。
「お兄ちゃん!きたよ!きたよ!早く早く!大丈夫かな?大丈夫かな?受かっているよ!ゼッタイ受かっている」
キタキツネの子供たちは、イルカの郵便屋さん姿を見つけると、イチモクサンに駆けつけてきました。
「ねえねえ!都会島のお絵かき学校からでしょ!ゼッタイコンイチ兄ちゃん、合格しているよね!」
「こら!お兄ちゃんへの手紙でしょ!勝手に受け取らないで!」
コンイチ兄さんは、ドルフおじいさんから、封筒を受けて取ると、小さい弟や妹たちに見せないように、走ってお家の中へ走っていきました。
「ヤッター!バンザーイ!!」
海の中にまで聞こえるくらい大きな声が響いたのは、それから間もなくのことでした。
「よかったね」
ドルフおじいさんは、にっこりと笑いました。昔のことを思い出したのです。ドリルオジサンは若い頃、競泳の選手でした。オリンピックへ出場してもおかしくないくらいの素晴らしい選手でした。おかしくないどころか、出場確実とまで言われていたのに、最後の選考レースで負けてしまったのでした。
当時無名だった若い選手が急激に力をつけてきたのでした。当時、仲間達は、ドリルおじさんの体調が悪かったからだと言い合いましたが。違いました。勝てないと一瞬で思ってしまったのです。それは、今まで抱いていた、自信が消えそうになるくらいの口では言い表せない感覚でした。
いったい、私は何のために、頑張ってきたのだろう。これだけ頑張ったのに、あっという間に抜かされてしまうなんて。
あの頃の、ドルフおじいさんは、泳ぐことすら出来ないくらい、悲しくて仕方がありませんでした。
だから今でも、誰かの不合格通知を届ける時が、ドルフおじいさんにとって、一番嫌なことなのです。
あの時も、そうでした。
南極のペンギンの女の子に手紙を届けた時でした。有名な演劇学校からのお手紙でした。
ドルフおじいさんは、最初何のお手紙か、知らなかったのです。でも、ペンギンの女の子がずっと待ちわびていたことはすぐに分かりました。だって、ドルフおじいさんの顔をみるとすぐにお家を飛び出してきたのですから。
ペンギンの女の子はすぐに、手紙を開封しました。ドルフおじいさんの目の前でした。入学発表の季節だと、ドルフおじいさんも気がつきました。
そうして、直ぐに不合格の通知だとも分かりました。ペンギンの女の子は絞るような声で、一言、ありがとうと言ったかれでした。ドルフおじいさんは、どう声をかけたらいいかも分からないで、すごすごと、その場をさりました。ペンギンの女の子の悲しそうな顔がずっと頭から離れませんでした。
もう十年以上も前のことです。
「ああ、そうだ。ちょうど今くらいの季節だったなあ。今年はもっと幸せになるような手紙は入っていてくれよな」
ドルフおじいさんは、鞄の中の封筒の束をぱらぱらとめくりながら、次にいく場所を確認しました。
「おや、これは」
見覚えのある封書でした。あの演劇学校からのものでした。
「今回渡す子は受かっていてほしいな」
昔、ペンギンの女の子がいた島とは別の島でしたが、やっぱりペンギン一家のお宅でした。
「ごめんください!」
ドルフおじいさんがドアをノックすると、ペンギンの女の子が顔を出しました。ドルフおじいさんは驚きました。十数年前に見たペンギンの女の子とそっくりだったからです。
ペンギンの女の子は、直ぐに手紙を開封すると、「お母さん!お母さん!」と大きな声をだしました。
「ヤッター!ヤッター!見て!見て!合格したよ」
娘の近くへ駆け寄ってきたお母さんはなんだか泣いているようにも見えました。
「きっと、あの時の女の子がお母さんになったんだろう」
ドルフおじいさんは、しずかにペンギン一家のお宅を後にしました。
「さてと、次のお宅はと?」
ドルフおじいさんが鞄をあけようとしたその時でした。
「!?」
一瞬、スゴイ音が聞こえました。今まで聞いたこともない音で、うまく言い表すこともできないほどです。
「いったい、どうしたというのだ」
数え切れない程の種類の魚の群れが、岸へ向かって井直線に逃げていきます。
「郵便屋さんも、早く!早く逃げろ!」
「海底火山の爆発だ!」
ドルフおじいさんも慌てて逃げました。
それは、すごい惨事でした。海面には多くの魚が浮かんでいました。タコのお医者さんが何本もの触手を使って、たくさんの生物を、慌ただしく治療しています。
ドリルおじさんは、どうしていいのか分からずにオロオロとしています。
邪魔だから、あっちへ行っていて!マグロの救急車が、猛スピードで泳ぎ去りました。
「ワシは、いったい、どうしたらいいんだろう」
ドルフおじいさんは、静かに目を閉じました。
「あの……。すみません」
「あの。僕にお手紙がきていませんか」
アザラシの子供でした。
「遠くで働いているパパからお手紙が届くはずなんだけど……」
ドルフおじいさんは、ハッとしました。こんな時だからこそ、手紙を待っている生き物が大勢いるはずだ。
ワシは、無力かもしれん。でもワシにしかできないこがある。今まで頑張ってきたから、覚えたことも、伝えられることもある。
「無事だったみんな!聞いておくれ!誰かに伝えたいことはないか。ワシは郵便屋だ。紙でもペンでも封筒でも、必要なものは何でも持っている。大切な言葉を持って、ワシの所へ集まってこい!」
「無事だったよ。安心して!」
「ちょっとケガしたけれど、これくらいですんでたすかったよ」
「タコのお医者さんが助けてくれたよ」
「初めてマグロの救急車へ乗せられたけど、なんとかたすかった」
「ごめんね。心配かけて。いつもありがとう」
ドルフおじいさんは、みんなの大切な言葉を、今日も精一杯に運んでいます。