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おたねさんちの童話集「ケイタは今日も忘れ物」

ケイタは今日も忘れ物
 
 「先生!今日もケイタ君が消しゴムを忘れています」ユウトの大きな声と同時にみんなの笑い声が教室に響きました昨日忘れたのは下敷きでした。毎日ちゃんと確認をしているつもりなのに、ケイタはどうしても何かしら忘れ物をしてしまうのです。消しゴムや下敷きくらいなら、まだマシなほうです。この間なんか、寝坊して、食パンを口にくわえながら学校までダッシュしたら、なんとランドセルを家に忘れてしまいました。
「使ってもいいよ。私二つ持っているから」
 隣の席のマキちゃんが消しゴムを貸してくれました。ケイタが、ユウトを見ると、やっぱり今日もケイタをにらんできていました。
 ユウトがわざわざ先生に告げ口なんかしなかったら、ボクもマキちゃんに貸して!なんか言わないのに。ケイタは今日も授業中ずっと下を向いていました。ユウトも前は、もっと優しかったのにな。昔、ユウトが隣の席だった時は、先生にチクる前に消しゴムでも下敷きでも、黙って貸してくれていたのに。なぜかマキちゃんと隣の席になってから、ユウトはボクをにらむようになったんだ。お母さんに呼ばれたのは、土曜日の夜でした。
「ケイタ、今日も学校で忘れ物をしたの!最近、とっても多くなったって、先生が心配されてたわ」「忘れ物が増えたんじゃなくて、忘れ物をチクられることが増えたんだよ」
と、ケイタは言い訳ししたくなりました。でもよけいにややこしくなりそうなので、黙って自分の部屋へと入りました。
「ケイタ。釣りにでも行かないか」
 珍しく早く帰ってきたパパがケイタの部屋にやってきました。
 「こんな時間に!」「何言っているんだ。釣りは夜に言った方がよく釣れるんだぞ!」
「何を釣るの?」「今の時期は太刀魚だ」
 パパと釣りに行くのなんて、何か月ぶりのことでしょう。小さいときはよく連れていってもらったけれど、急にパパの仕事が忙しくなったみたい。いっつもケイタが眠ったあとに帰ってくるのです。
「最近、忘れ物が多いみたいだな。ママが心配していたぞ」「……うん」「なんかあったのか。忘れ物なんて気を付けて減らすことはできても、急に増えるものじゃないからな」
「……うん」「言いたくなかったら、かまわないけどな」
 堤防の上には、小さなランタンに照らされたパパとケイタの二人しかいませんでした。
「なかなか釣れないね」「そうだな」
「パパは子供の頃忘れ物したことないの」
「パパか。パパも毎日忘れ物ばっかりしてたな。どんなに朝、確認をしたつもりでも、なぜか授業が始まると何かが足りないんだ。鉛筆とか下敷きとか。ある時なんか、せっかくちゃんと調べて頑張った夏休みの自由研究を家の忘れちゃったもんだから、最初からやってないんじゃないかって先生に疑われて、悔しくなって走って家まで取りに帰ったこともあったな」「ボクも昔から宿題は多かったんだけどね。」
 ケイタは学校での出来事を話しました。
 「そうか。だったら簡単じゃないか。授業が始まる前に忘れ物がないかを確かめて、もしあったらユウト君に借りればいいんだよ」
「えっ!……貸してくれるかな」「貸してくれるさ。だって隣の席の時はいつも貸してくれていたんだろ」「それからね」「えっ。なんでそんなことを!」「ケイタも、そのうち分かるようになるさ」
 パパはそう言って笑いました。
「あっ!ケイタ!引いている!引いてる」
びっくりするくらい大きな太刀魚でした。
「やったね!パパ!」
 月曜日になりました。もちろんケイタは出かける前に忘れ物がないか確認をしました。でも、やっぱり消しゴムを忘れていました。
「ユウト!ごめん。消しゴム忘れてきちゃったから貸してくれない」「いいよ。めずらしいな。ケイタが授業の始まる前に気づくなんて。」「ユウト、ありがとな」「まあ、ホントは今日、俺も赤鉛筆を忘れちゃったから人のことは言えないんだけどな」「だったら、ボク、マキちゃんに聞いてみる。マキちゃんいつも二本持ってきているから」
 ケイタはそう言ってすぐにマキちゃんの方へ走り出しました。
「マキちゃん!ユウトが赤鉛筆忘れたみたいだから貸してあげて!」「ケ、ケイタ!そんな大声でいうな!」
 ユウトは顔を真っ赤にして、今にも怒り出しそうです。
「はい!あとでマキちゃんに返してあげてね」
「う、うん」「ケイタ」「なに?」「ありがとな」「うん!」
 ケイタが、ママから「最近忘れ物が少なくなったみたいね」と褒められたのはそれから間もなくのことでした。

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