おたねさんちの童話集 「言えばよかった」
言えばよかった
氷の上の冷たい風にあたりながら、ペンギンのペンタロは、青一色の空を見上げていた。
雲一つ無いはずの空なのに、にじんでみえた。
「ごめんなさい」とは、言えなかった。
「ごめんなさい」と、言えばよかった。
ほんの冗談のつもりだった。
笑い話ですむような、小さなイタズラのつもりだった。
でも、親友のギンキチに大きなけがを負わせてしまった。
海に浮かんでいたヒモを見つけたのがいけなかった。
親友のギンキチの足にそのヒモを引っかけただけだった。まさか人間が魚を捕まえる為に作った針かくっついていたなんて、想像していなかった。
まさか、ヒモをひっかけたとたん、あんなに
大きな力で引っ張られるなんて思ってもいなかった。
必死にもがいたギンキチは、なんとか逃げることはできたのだけれど、足に大きなケガをした。
「ごめんなさい」とは、言えなかった。
「ごめんなさい」と、言えばよかった。
「わざとじゃないもん。知らなかったんだもん」
心の中とは反対の、嫌いな言葉を吐き出した。
今、僕はどんな顔をしているのだろう。
ペンギンのペンタロは、うつむいてそう呟いた。
黒い海に、ペンタロの泣き声はうつらない。
ほんとは、お見舞いに行けたいけれど、ギンキチにあわせ顔はどこにもないから、ウジウジと暗い海や濁った空ばかりを眺めていた。
「ごめんなさい」とは、言えなかった。
「ごめんなさい」と、言えばよかった。
そうしたら、せめてお見舞いにはいけたのに。
青い空は、青いだけだった。
ケガをしたギンキチのために、ペンタロが魚をとりに出かけるようになったのは、それからしばらくあとだった。
合わせる顔は、なかったから、捕ってきた魚を全部、玄関に置いた。
最初は、こそこそ隠れるように置いていたけれど、一週間もすると、慣れてきた。
二週間もすると、誰かに見て貰えるように、わざとゆっくり歩いてから置いた。
大きな音を立ててみたり、ブツブツ独り言を言ってみたり、もっと普通におくだけでいいのに、頑張っているところを、どこかの誰かにみてもらえるように、おかしな動作が増えてきた。
「ありがとう」とは言えなかった。
「ありがとう」と言えば良かった。
ペンギンのギンキチは、ずっと恨んでいた。ペンタロのことをずっと恨んでいた。
あんな目に遭わせておいて「ごめんなさい」とも言いやしなかった。
ずっと親友だと思っていたのに、お見舞いにさえこなかった。
それが、こそこそと魚を置いていった。
あまりにしゃくにさわるもんだから、ずっとあいつの持って来た魚は食べなかった。
ずっと食べないつもりだった。
でも空腹には勝てなかった。
けっきょく、ガマンができなくなってあいつの持って来た魚を食べた。
旨かった。
悔しかったけれど、旨かった。
あいつは毎日、毎日魚を持って来てくれた。
雨の日だって、大雪の日だって、どんなに吹雪が吹いていたって、ずっと魚を届けてくれた。
だけど……。
「ありがとう」とは言えなかった。
「ありがとう」と言えば良かった。
だんだんとケガも治ってきたから、弟に手伝ってもらいないがら、出かけようとして玄関を開けたその時だった。
ペンタロが魚を持ってきてくれていた。
本当は「ありがとう」と言いたかったけれど、思わず、ペンタロから視線をそらした。
「こんにちは」も言わないで、会釈すらしなかった。
「ありがとう」とは言えなかった。
「ありがとう」と言えば良かった。
だけど、ペンタロは、次の日も、またその次ぎの日も、やっぱり魚を持ってきてくれた。
雨の日だって、大雪の日だって、どんなに吹雪が吹いていたって、ずっと魚を届けてくれた。
それから、どれくらいたったのだろう。
長いような短いようなたくさんの時間が流れて、ギンキチの足はよくなった。
独りで歩けるようになった。
独りで泳げるようになった。
独りで魚も捕れるようになった。
ペンタロも魚を届けにこなくなった。
だんだんと当たり前の日常に戻っていった。
そうして、突然、その時がきた。
大きな道の十字路で、ペンタロの顔をみた。
それだけのことだった。
当たり前のように頭をさげた。
それだけのことだった。
ペンタロも当たり前のように頭をさげた。
それだけのことだった。
「こんにちは」と声がでた。
「こんにちは」と返ってきた。
「良くなったの?」と声がした。
「良くなったよ!」と笑顔を見せた。
「おめでとう!!」って笑顔が見られた。
「ありがとう!!」って声がはずんだ。
「ごめんなさい」って、やっと話せた。
「大丈夫だよ」って、やっと話せた。
ペンタロとギンキチは、また当たり前のように、 毎日毎日、一緒になって魚捕りにでかけていった。
「こんにちは」って言えてよかった。
「こんにちは」って聞こえてよかった。
「おめでとう」って言えてよかった。
「おめでとう」って言われて嬉しかった。
「ありがとう」って言えてよかった。
「大丈夫だよ」って言えてよかった。
ペンタロとギンキチは、今日も海の中。
あんなに暗かった海が明るく見えた。