おたねさんちの童話集より 「イタチのパレット」
イタチのパレット
イタチのパレットは、お腹が空いてしかたがありませんでした。ここ数日、何も食べていなかったのです。でも、これも自業自得かもしれません。今までにさんざんイタズラをして、みんなを困らせてきたのですから。
二週間くらい前のことです。裏山の洞穴を探検していたパレットは、「魔法の箱」を見つけたのでした。
箱の中には小さな刀と小さな手袋が入っていました。
パレットが手袋をはめて小刀を持つと、腕は大きくなったり、小さくなったり、いろんなものに形を変えたりしました。もっと念力を集中すると、腕から徐々に全身の姿だって消すことができました。
パレットは思わず、ニヤリと笑ってしまいました。
これでいくらでも野ねずみやら魚やら、たくさんの獲物を捕ることができると考えたからでした。
でも、どうしてでしょうか。獲物を捕まえようとすると、急に手がしびれて動かなくなるのです。何度やっても同じことでした。野ねずみやら魚やら、何を獲ろうとしてもうまくいきません。
ついには「コンチクショウ!!」と小さな刀を投げてつけてしまいました。
「あっ」
パレットは叫びました。
投げつけた小刀が向かった先には人間の男の子が走っていたからでした。
小刀は男の子の膝あたりをかすめて、地面に落ちました。
「チャリーン」
小刀の落ちた音が響きました
男の子の膝小僧からはうっすらと血がにじんでいます。
でも、男の子は小刀には全く気づかずに行ってしまいました。
パレットは不思議に思いながら、小刀を拾い上げると、まじまじと小刀をのぞき込みました。
「これは面白い」
パレットはまた、ニヤリと笑いました。
その日から、パレットはその小刀をいろんな人たちに投げつけて遊びました。
誰も小刀に気がつきません。怪我をしたことも気づいていないのです。人々は膝あたりにうっすらと血が滲んでいるのを、後から気づいて驚いたり、不思議がったりしています。
パレットは、次から次へと誰かが通りがかるのを見つけては、小刀を投げつけて遊びました。
あまりに面白くなって、ついには知らない人間だけでは物足りなくなってきました。それで友達や家族にも、その小刀を投げつけました。どうやらパレット以外のものには、この小刀は見えないようでした。誰もが、いつ怪我をしたか分からないのに、血が出ていることを不思議に思いました。
パレットのイタズラはどんどんとエスカレートしていきます。誰も気がつかないことをいいことに、毎日、毎日誰かを傷つけて遊んでいました。
でも、いつのまにか、みんなが自分のことを変な目でみていることに、パレットは気がつきました。
だんだんと誰もパレットに近づかなくなったのです。
「パレットに出会うと、足から血が出てくるよ」
「パレットに出会うと不吉な目に遭う」
みんながひそひそと、そんなことをしゃべっています。
誰もパレットに近づかなくなりました。
でも、ただ一人だけ、幼なじみのヘラだけは、違いました。
「偶然よ、偶然。別にパレットが悪いワケじゃないんだから」
ヘラが友達としゃべっている声が聞こえました。
パレットはだんだんと恥ずかしくなって、逃げ出したくなりました。
でも、逃げて、どこかへいくのもちょっとへんだと思い返したパレットは、魔法の手袋と小刀を裏山の洞窟へ返しにいきました。
途中、誰かに見られないかと、びくびくしましたが、うまく元の場所へ返すことができました。
それでも、みんなはパレットに近寄ろうとはしませんでした。
それどころか、パレットに向かって石を投げつけるやつも出始めました。
パレットと一緒にエサを捕りに行こうという友達もいなくなって、ご飯も食べられません。
幼なじみのヘラでさえも、心配そうにするだけで、みんなの目を気にして話しかけるときもみんながいないときだけでした。
「おなかがすいたよー」
パレットはだんだん悲しくなってきました。
「こんなことなら、あんな小刀や手袋なんか見つけなければよかったのに」
パレットは顔をクシャクシャにして、一生懸命に泣き顔になるのをこらえました。
しばらくして悲しい気持ちがおちついてきても、おなかがすいているのはなおりません。パレットはただとぼとぼと、おなかに手を当てながら歩きました。
そのうちに朝が来て夜がきて、パレットはいつしか森の中で倒れてしまいました。
「……だいじょうぶ?」
ヘラの声に気がついて、パレットは目を開けました。どうやらヘラのお家のようでした。
「エーン!」
ヘラの顔を見たとたんパレットは大きな声で泣き出しました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
パレットは大きな声で泣きながら言い続けました。
やがてパレットはヘラに、今までのことを正直に全部話しました。
それから、みんなにも正直に言って謝るよと約束して、パレットはヘラと一緒に裏山の 洞窟へ例の小刀と手袋を取りにいきました。
「これがその小刀と手袋」
パレットはヘラにみせましたが、どうやらヘラには見えないようでした。
「本当?」
首を傾げるヘラにパレットは、信じてもらえないのかと不安になりました。
でも、ヘラが
「痛い!」
と小さな声を出しました。
どうやら指先が刃に触れたようでした。
「本当に見えないのね。触ればちゃんと分かるもの」
ヘラは不思議そうにパレットを見つめました。
「でも、不思議」
ヘラが言いました。
「傷口がみるみる塞がってゆくわ」
「それで、みんな気持ち悪がっているわりに、大けがをした人がいなかったのね」
それからパレットはみんなの所へ戻って、一人ひとりに謝ってまわりました。
中には憤慨して怒鳴りつける人もいましたが、それでもみんな最後にはパレットを許してくれました。それから例の小刀と手袋に触っては不思議がりました。でもやはり、パレット以外に小刀と手袋の見える者はいませんでした。
「どうして、誰もこれが見えないんだろう?」
パレットがそうつぶやいた、その時です。
「火事だー!山火事だー!みんな逃げろ」
あっという間に辺り一面はパニックになりました。
森の動物たちが一斉に逃げていきます。
リスも鹿もイノシシも、クマも小鳥もタヌキやキツネも。
そうしてもちろん、パレットと同じイタチの仲間も。
あちらこちらから悲鳴が聞こえます。
黒煙が、熱風と共に森中の動物たちを襲ってきます。
パレットもヘラと一緒に一生懸命に逃げました。
「救けて!」
パレットは思わず足を止めました。
足を岩に挟まれたイタチの子供が全身に大けがをしています。
パレットは、一所懸命に子供の足を岩から抜いてやりました。
でも、どうやら子供は歩けそうもありませんでした。
パレットは、その子供を負ぶって逃げました。
安全な所へついてその子供を下ろしましたが、全身に大けがをして助かりそうもありませんでした。
「どうにかしないと」
ヘラが水を持ってきてくれましたが、その子供は飲むことさえもできないようでした。
そのとき、あの手袋と刀が一瞬光ったように思えました。
パレットは突然手袋をはめて刀をもちました。
すると刀が勝手にうごきました。
なんと、刀が触れたところから、子供の傷がどんどんと治っていくのでした。
パレットは無我夢中でしたが、やがてその子が起き上がる頃には殆どの傷が治っていました。
「ねえ、パレットこっちへきて!」
ヘラの叫び声の方へ走っていくと、もう数え切れないほどの、傷ついた動物がいるではありませんか。
パレットはひたすらに、動物たちの傷を治していきました。
でもけが人はいっこうに減る気配がありません。
ついには、夜になりました。でもパレットは真夜中になっても、動物たちの傷をなおしていきました。
朝になりました。パレットはまだ、動物たちの傷を治し続けています。
やがて黒い雲が森の空を多い、大量の雨が降ってきました。
それでもパレットは、治療をやめることはありません。
その次の日になっても。
そのまた次の日になっても・・・。
やがて大量の雨が、森の火をすべて消し去ったころ、パレットは最後の一匹を治し終えました。同時にパレットの眼前から手袋と刀は、すーっとどこかへ消えてしまいました。
パレットは、そのまま疲れ果てて倒れてしまいました。
どのくらい時間がたったのでしょう。
倒れているパレットをヘラがみつけました。
ヘラはパレット見て大声で泣きました。
でも、パレットは目を覚ましません。
ヘラは一生懸命にパレットを看病しました。
それからまた数日がたったある朝のことです。
パレットは目を覚ましました。
でも、パレットは知っていました。もうすぐ自分の命が潰えることを。
きっと、あの刀は自分の命を削って他の命を救うためのものだったのです。
パレットはヘラに言いました。
「ありがとう。僕を救ってくれたのは、これで二度目だね。でもなんのお礼もできやしないや。ごめんね」
最後にそう言い残して、パレットは本当に死んでしまいました。
ヘラは大声で泣きました。
周囲の動物たちも集まってきて、みんな泣きました。
みんなでパレットのお墓を建てました。
空には小さな虹がかかっていました。
「もしかしたら、あの虹を上って、パレットは天国へ行ったのかな?」
誰かがそうつぶやきました。
ヘラは、ふと分かった気がしました。どうしてパレットがあの宝の箱を見つけることができたのか。それはきっと、この森の動物たちを守るために、神様が、パレットにあの手袋と刀を貸して下さったのかもしれません。